×

社説・コラム

社説 国内テロ対策 冷静かつ慎重に備えを

 パリを血で染めた同時多発テロから1週間。競技場や劇場、レストランなど警備が手薄で攻撃されやすい「ソフトターゲット」での惨劇は、底知れぬ恐怖を国際社会に抱かせた。いつ、どこでテロが起きてもおかしくない、と。

 犯行声明を出した過激派組織「イスラム国」が、ことし1月に日本人の人質2人の命を奪ったのも記憶に新しい。日本も標的として例外とはいえまい。

 東京ドームでの野球の国際大会「プレミア12」でも入場ゲートに金属探知機が置かれるなど、国内でもテロへの警戒が強化されつつある。

 政府が何より懸念するのが来年5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)だろう。4月の広島での外相会合など各地の閣僚会合にも要人が集まる。さらに2020年には東京五輪も控える。あらゆる場面でテロを防ぐため、対策に手を尽くすべきなのは言うまでもない。

 テロリストの渡航を阻むための水際作戦も重要だ。成田空港などでは、電波を全身に浴びせて衣服の下の爆発物も見逃さない「ボディースキャナー」が試験運用されている。法務省は顔写真の自動認識システムの導入も検討している。

 ただソフトターゲットを守るのは簡単ではない。例えば大規模集客施設や新幹線などでは手荷物検査を増やすことも迫られる。市民の利便性の確保や人権への配慮と、安全対策をどう両立していくのか、日本は大きな課題を突き付けられている。

 情報収集という難題も残る。政府は外務省に「国際テロ情報収集ユニット」を発足させる時期を来年4月から年明け前後に前倒しする方針を固めた。ただ国民からすれば、どんな組織となるのかが見えにくい。その役割について十分に情報公開する姿勢も欠かせまい。

 むろんテロへの警戒は切実な課題である。かといって国民の不安に政府が便乗するような発想は困る。象徴的なのはフランスのテロ後、自民党からまたしても聞こえてきた「共謀罪」の必要論である。

 犯罪を実行しなくても、計画を話し合い合意しただけで処罰の対象とするものだ。過去に国会に法案が3回提出され、廃案となったものは明らかに行き過ぎである。国際的な組織犯罪だけでなく万引なども含めた600を超える犯罪を合意の段階で罰しようとしたからだ。

 捜査を口実に電話やメールなど通信傍受の範囲を拡大し、市民の自由を脅かしかねないと日弁連などが強く反対してきたのも当然である。きのう政府側からは法整備の必要性を唱える声が出たものの、国民の反発を恐れてか、すぐの法案提出には慎重な姿勢を示した。特定秘密保護法や安保法制と同様、強引に前に進めるのは許されない。

 行き過ぎは私たちの身の回りで起きないとも限らない。現にフランスではモスクへの落書きなどイスラム教徒への嫌がらせが相次いでいる。日本で同じようなことがあってはならない。14年前の9・11テロ以降、世界中で偏見が強まり、テロと無関係の人たちを苦しめたことを忘れたくはない。

 冷静さを失ってはならない。よき隣人たちを排除することなく、異なる文化を認め合う強さも求められている。

(2015年11月21日朝刊掲載)

年別アーカイブ