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社説・コラム

天風録 「決断の部屋」

 その机の前に着くと背筋が伸びた。ビザ用のスタンプがある。押すべきか否か―。岐阜県八百津町の杉原千畝記念館が再現した「決断の部屋」。自分ならどうすると自問自答する来館者も多い▲大戦下のリトアニアでの執務室を模す。ナチスの迫害から逃れるユダヤ人に日本通過ビザを発給し、約6千人を救った外交官。後ろ向きな本国に背いていいのか。家族に累が及ばないか。当時の緊張感が今も漂うよう▲杉原千畝ブームという。関連資料がユネスコの世界記憶遺産の国内候補となって火が付き、記念館に来る人は急増している。唐沢寿明さん演じる映画も近く公開され、再来年の登録に向けて機運は高まるばかり▲実は一人で成し遂げたわけでもない。命のビザで脱出した人が日本にたどり着けた陰には同僚らの支えもあった。「人道的な対応には必ず仲間が続くことを記憶しておいてほしい」。記念館長の国枝大索さんの言葉だ▲事情は違うが、難民は今なお生まれている。パリの同時多発テロとともに、欧米では警戒心から拒否せよとの声が公然と上がる。受け入れるか、否か。どうすれば難民問題をなくせるか。各国の首脳も国民も決断の部屋にいるはずだ。

(2015年11月28日朝刊掲載)

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