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社説・コラム

社説 日印原子力協定「合意」 核拡散を促しかねない

 被爆国として核不拡散を強く訴えてきたはずなのに、アベノミクスの成長戦略を優先させようということだろうか。

 安倍晋三首相とインドのモディ首相がきのうニューデリーで会談し、日本からの原発輸出につながる原子力協定締結に原則合意した。核拡散防止条約(NPT)に加盟していない国と協定を結ぶのは初めてである。日本の原子力政策は大きな転機を迎えたといえよう。

 最大の問題は、日本の原子力関連技術が軍事転用される懸念を拭いきれないことだ。安倍首相は会談後の会見で「日本による協力を平和目的に限定する内容を確保した」と胸を張ったが、核兵器開発の歯止めが十分とはとてもいえまい。

 インドは過去2回核実験を行い、核兵器を保有している。今回の合意では1998年以来停止している核実験を再開すれば協定は停止する内容を盛り込んだという。しかし、その場合も核兵器開発を助長した日本の責任は免れまい。

 しかも使用済み核燃料の再処理をめぐる取り決めはこれからだ。再処理は核兵器の材料となるプルトニウムの抽出につながる。核拡散を防ぐため、日本は福島第1原発事故以降、協定を結んだ他国には再処理を認めていない。それなのにNPTに加盟しておらず、いわば独自に核兵器を造ることも可能なインドに日本は再処理を認めようとしている。考え直すべきだろう。

 さらにインドは「在庫目録」と呼ばれる核物質の量や所在を記した記録の提出を拒んでいるという。日本と協定を結んだNPT加盟国は当然のように目録の提出をしており、インドに例外を許してはならない。

 そもそもNPTの枠外にいるインドには、NPT加盟を促すのが先である。核不拡散を訴えてきた被爆国の日本が原子力関連の技術を提供し、NPTの形骸化を促すようなことをしていいのか。広島市と長崎市の市長が原子力協定の交渉中止を求めてきたのは当然だろう。

 同じくNPTに未加盟の隣国パキスタンは、インドの再処理推進を強く警戒している。日本とインドの原子力協定は、南アジアでの新たな軍拡競争を招くリスクもはらんでいる。

 安倍政権はインフラ輸出を成長戦略の目玉として位置づけているが、前のめりになり過ぎているのではないか。

 確かに世界第2位、13億人の人口を抱えるインドとの経済協力を深めることは、日本にとっても重要である。今回はインド西部の高速鉄道にどうしても新幹線システムを導入したかったのだろう。インドネシアで中国に競り負けたばかりでもある。

 総事業費約1兆8千億円のうち最大で約1兆4600億円の円借款を約束してでも、インドでの導入にこぎ着けたのは大きな進展に違いない。

 だからといって、原子力協定で甘い顔をしてはならない。電力不足に悩むインドは日本の協力で、原発をさらに増やしたいのだろう。しかし核兵器開発の疑念が払拭(ふっしょく)されない限り、日本を含む国際社会は手を貸すべきではない。

 今後の交渉ではインドの歩み寄りを粘り強く求めなければならない。それがなければ、日本政府は原則合意を撤回すべきである。

(2015年12月13日朝刊掲載)

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