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社説・コラム

天風録 「遣新羅使の時代」

 「海の道」(溪水社)という随筆集が年の瀬に届く。高校教師だった備後の人、杉原耕治さんの遺作。奈良時代に難波津(なにわづ)を出た遣新羅使(けんしらぎし)の道を、わが内海に追った旅の記である▲新羅は古代朝鮮の統一王朝だった。遣新羅使は遣唐使に比べて史料に乏しいが、大伴家持は万葉集の一つの巻に彼らの歌をまとめた。新羅に強硬な権力者とは一線を画し、融和を図る試みに思いを重ねたと読めよう▲一行は時には潮待ち港から日没後こぎだした。狭い水路でもあれば命懸け。「月読(つくよみ)の光を清み夕凪(ゆうなぎ)に水夫(かこ)の声呼び浦廻漕(うらみこ)ぐかも」と浦々の民の手も借り、昇る朝日にほっとしたことだろう▲今は空をひとっ飛びなのに長く折り合えなかった。おとといの外相会談で慰安婦問題の解決に合意し、日韓は「新しい時代を切り開いていくきっかけ」を得たという。ハルモニ(おばあさん)たちのつらい過去を癒やす道を探らなければなるまい▲遣新羅使一行が周防灘で難破したところで新聞連載だった「海の道」は未完に終わってしまった。筆者も心残りだったろう。遣新羅使や時代が下って江戸期の朝鮮通信使の歴史が、「月読の光」のように彼我の行く手を照らしてくれるといい。

(2015年12月30日朝刊掲載)

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