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連載・特集

核廃絶への道 被爆地から 外相会合in広島 4月10・11日

大統領訪問 近づくか

米の現職国務長官で初 ケリー氏が広島訪問へ

 広島市で4月10、11の両日、伊勢志摩サミットに先立つ外相会合があり、安全保障を核兵器に頼る7カ国の外交責任者が一堂に会する。非人道的な原爆被害に関する認識を深め、一日も早く核兵器を廃絶する道筋を示せるか。被爆地開催の意義を高めるためにも、世界の非核外交をリードすべき議長国日本の手腕に期待が掛かる。(水川恭輔)

 核兵器を世界で唯一、市民の頭上に投下した米国のケリー国務長官が外相会合出席のため広島市を訪れる。現職の国務長官としては初めて。71年前の原爆投下を正当化する歴史認識が国内に根強くある中、近年は要人の被爆地訪問が相次いでいる。大統領が平和記念公園(中区)に立つ歴史的な日へ、ハードルは低くなっているのか―。

 国務長官は核軍縮・不拡散政策を担当し、大統領死亡時などの権限継承順位は第4位。2009年1月に誕生したオバマ政権では当初、クリントン氏が務めた。後任として13年2月に就いたケリー氏は、15年7月の欧米など6カ国によるイラン核合意の交渉に関わった。04年大統領選で民主党の候補者になった党の有力者でもある。

 過去に広島市を訪れた米国の政治家のうち権限継承順位が最も高いのが、08年の主要国下院議長会議(議長サミット)時のペロシ下院議長(当時)で、副大統領に継ぐ。ペロシ氏は15年9月に「戦争の結末を見るために誰もが行くべきだ」とオバマ大統領の訪問にも期待した。

 外交担当者としては、ガテマラー国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)が14年、市内であった核兵器を持たない12カ国の「軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)」外相会合にゲスト参加。15年には平和記念式典に参列した。キャロライン・ケネディ駐日大使は14、15年と2年連続で式典に出席している。

 大統領の経験者では、カーター氏が退任3年後の1984年に訪れたが、現職はいない。広島市はケネディ大使を通じ、伊勢志摩サミットに合わせたオバマ大統領の訪問を要望している。

 09年4月にチェコ・プラハで核兵器を投下した「道義的責任」に言及し、同年11月、初来日時の記者会見では「広島、長崎を将来訪れることができれば名誉なことだ」と語ったオバマ大統領。「核兵器なき世界」への「レガシー(遺産)」とするのか。17年1月の任期満了まで、あと1年しかない。

1945年 8月 米国が広島、長崎に原爆を投下
  49年 8月 ソ連が初の核実験
  52年10月 英国が初の核実験
  54年 3月 米国がビキニ環礁で最大規模の核実験。第五福竜丸が被曝
         (ひばく)
  57年 7月 国際原子力機関(IAEA)が発足
  60年 2月 フランスが初の核実験
  62年10月 キューバ危機。米ソ間の緊張が極度に高まり、核戦争の危機
         に
  63年 8月 部分的核実験禁止条約(PTBT)に米ソ英が調印し大気圏
         内核実験を停止
  64年10月 中国が初の核実験
  68年 7月 国連総会で核拡散防止条約(NPT)調印
  70年 3月 NPT発効
  75年11月 先進国首脳会議(サミット)をフランスで初開催。フラン
         ス、米国、英国、西ドイツ(当時)、日本、イタリアの6カ
         国
  76年 6月 米国でのサミットにカナダが加わり、「G7」に
  79年 6月 日本で初の東京サミット。石油の消費・輸入上限の目標合意
  85年 8月 平和首長会議の前身、世界平和連帯都市市長会議の第1回総
         会を広島、長崎両市で開催
  86年 5月 2回目の東京サミット。インフレなき経済成長が主なテーマ
  89年12月 米ソ首脳会談(マルタ)で冷戦終結宣言
  91年 7月 米ソが第1次戦略兵器削減条約(START)に調印
  93年 7月 3回目の東京サミット。多角的貿易交渉の促進が主なテーマ
  95年 5月 NPTの無期限延長を再検討会議で決定
  96年 7月 国際司法裁判所(ICJ)が、核兵器の使用・威嚇は「一般
         的に国際法違反」との勧告的意見
      9月 包括的核実験禁止条約(CTBT)が国連総会で採択。未発
         効
  98年 5月 インドが地下核実験▽英国でのサミットにロシアが加わり、
         主要国首脳会議に改称。「G8」に
  99年 5月 インド、パキスタンがカシミールで軍事衝突。パキスタンが
         核攻撃の準備
2000年 5月 NPT再検討会議で最終文書を全会一致で採択。「核兵器廃
         絶への明確な約束」をうたう
      7月 沖縄県名護市で日本の地方都市で初の「九州・沖縄サミッ
         ト」。感染症、重債務貧困国問題が主なテーマ
  01年 9月 米中枢同時テロ
  03年 1月 北朝鮮がNPT脱退を宣言
  05年 5月 NPT再検討会議が決裂
  06年10月 北朝鮮が初の核実験実施を発表
  08年 7月 「北海道・洞爺湖サミット」。温室効果ガス削減が主なテー
         マ
      9月 広島市で主要国下院議長会議(議長サミット)。米国のペロ
         シ下院議長が平和記念公園訪問
  09年 4月 オバマ米大統領がチェコ・プラハで「核兵器なき世界」実現
         に向けた演説
  10年 4月 米ロが新STARTに調印▽米ワシントンで初の核安全保障
         サミット
      5月 NPT再検討会議で、核軍縮の推進に向けた64項目の行動
         計画を柱とする最終文書を全会一致で採択。核兵器の非人道
         性や核兵器禁止条約にも言及
  13年 3月 ノルウェー・オスロで政府主催の第1回「核兵器の非人道性
         に関する国際会議」
      6月 オバマ大統領がドイツ・ベルリンで、配備済み戦略核弾頭を
         千発水準に減らす用意があるなどと演説
  14年 2月 メキシコ・ナヤリットで第2回「核兵器の非人道性に関する
         国際会議」
      4月 広島市で日本など非核兵器保有12カ国による軍縮・不拡散
         イニシアチブ(NPDI)の外相会合
      6月 ロシアのウクライナへの軍事介入を受け、同国でのサミット
         中止。ロシアの参加資格停止をベルギーでの臨時サミットで
         決め、再び「G7」に
     12月 オーストリア・ウィーン第3回「核兵器の非人道性に関する
         国際会議」
  15年 5月 NPT再検討会議が決裂
     11月 パリ同時多発テロ

広島市立大平和研・水本副所長に聞く 核軍縮停滞 打開の好機

 広島市立大広島平和研究所の水本和実副所長(核軍縮)に、被爆地広島市での外相会合で期待する成果や、日本政府の役割を聞いた。

 広島での外相会合に対する国内外の専門家たちの注目度は高い。米国の軍縮専門誌「アームズ・コントロール・トゥデイ」は2015年夏、広島の会合を機に保有国と非保有国を巻き込んだ核軍縮を進めるようオバマ米大統領に提言した。国際社会を「核兵器なき世界」へ向かわせようとした大統領の任期が残り1年を切る。核軍縮の停滞を打開するためのチャンスの一つだと期待されている。

 原爆で壊滅的な被害を受けた広島には、核兵器の非人道性を伝える力がある。外相には当然、原爆慰霊碑への献花、原爆資料館の見学、被爆証言の聴講をしてもらうべきだ。加えて、重複がんの増加など今も被爆者を苦しめる健康被害を最新の知見で知ってもらう工夫も要る。

 その上で、外相会合は、段階的な核軍縮だけでは不十分と認め、法的措置を含む「効果的な措置」を考える国連作業部会などで非保有国と対話する考えを示すべきだ。非保有国の間では、非人道性への認識を高めて非合法化を目指す動きが広がっている。主要国も、もはや議論の入り口から拒絶するべきではない。保有国と非保有国が対立したままでは袋小路に陥る。

 会合は、保有国と非保有国を「媒介する」という日本政府の試金石にもなる。米国の「核の傘」に依存する今の日本の軸足は、保有国に寄りすぎだ。外相会合で求められるのは逆。非合法化を目指す非保有国の動きに理解を示し、それに向き合うよう保有国へ働き掛けてほしい。前提として、安全保障における「核の傘」への依存を減らす姿勢が欠かせない。

 被爆地開催には危険性もある。米国、英国、フランスが「非人道性を尊重している」というポーズを示すだけで、新たな行動を示さず、段階的な軍縮のアリバイづくりに使われることだ。広島市、広島県、市民が一丸となって「廃絶に向け具体的な行動を」と求めていくことが重要だ。

議長国日本 手腕に期待

 米国、英国、フランスの3カ国は核兵器を持つ。残る4カ国は持たないが、カナダ、ドイツ、イタリアは、米国と核同盟を結ぶ北大西洋条約機構(NATO)のメンバー。日本も米国の差し出す「核の傘」の下にある。

 2015年4月にドイツであった前回は、5年に1度、約190カ国が核軍縮策などを話し合う核拡散防止条約(NPT)再検討会議の直前だった。軍縮に関する声明を採択。広島、長崎の被爆70年に触れ、NPTの重要性を訴えた。ただG7は、国際社会で「現実的」「漸進的」な核軍縮を訴える側にある。特に保有国は、核兵器の法的禁止への動きを強める多数の非保有国と相いれず、再検討会議でも対立した。

 「非人道性への認識を触媒とし、保有国と非保有国が協力して核軍縮に取り組むのが重要だ」。岸田文雄外相は15年12月、外相会合の視察で訪れた平和記念公園(中区)で強調したが、被爆国政府の立ち位置は、より複雑になりつつある。

 同月の国連総会。日本はオーストリアなどが主導した、核兵器禁止の法的枠組みづくりを呼び掛ける決議案だけでなく、NPT再検討会議で議論された、核軍縮の法的禁止を含む「効果的な措置」を検討する作業部会の設置決議案も棄権した。

 半面、日本が主導した核兵器廃絶決議案には、14年まで賛成していた米、英、フランスの3カ国が棄権。政治指導者の被爆地訪問を促す内容が初めて盛り込まれたが、核兵器禁止につながる非人道性の議論をけん制したとみられている。

 国連決議に基づき、早ければことし4月に作業部会が始まる。外相会合が核兵器を持つ側からの議論に終始すれば、大多数の非保有国との溝を広げかねない。広島市の松井一実市長が会長を務める平和首長会議は、20年までの核兵器廃絶を目標に掲げ、禁止条約の交渉入りを求めている。「核兵器なき世界」へ、G7の具体的な行動のスタートを、ヒロシマで切ってほしい。

紙面編集・長光健一郎

(2016年1月1日朝刊掲載)

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