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社説・コラム

天風録 「届かざる鳴き声」

 満面の笑みで、あの女性アナウンサーが喜びを伝えていた。海の向こうから新年早々、特別重大報道。拉致被害者を帰す吉報ならどんなによかったか。あろうことか「水爆実験に成功した」と若き指導者をたたえるばかり▲凶報に正月気分も吹っ飛んだ。ふと干支(えと)にもちなみ、以前話題になった本を読み返す。霊長類のコミュニケーションに詳しい正高信男さんの著「ケータイを持ったサル」。現代人の意思疎通の衰えを、考えさせられた▲発した鳴き声に仲間の反応がないと、もう一度鳴くサルがいるそうだ。中でもニホンザルは離れた疎遠な相手に。応答があれば一体感を得て安心するらしい。かの国が繰り返す核実験も、世界を振り向かせるための奇声か▲国民の多くが困窮してきた。ボスならば富を分ける器量こそ持つべきだろうに。まさかの愚行は核大国を「猿まね」したいのだろうか。相手を対話に引っ張り出すつもりなら見当違いも甚だしい「猿知恵」ではないか▲国同士のコミュニケーションの低下は近隣に限らない。争いの火種はあちこちに。「造らざる」「持たざる」「使わざる」。核兵器をめぐる三ざるの重要性を、今こそボスたちは胸に刻むべきだ。

(2016年1月7日朝刊掲載)

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