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社説・コラム

天風録 「飯舘のオオカミ村」

 「夕方遅うまで遊びようりゃ、オオカミが出るけえ、早う戻れよ」。大正の世に備北で生まれた民俗学者、神田三亀男(みきお)さんは祖母に言い聞かされた。とうに滅んではいても、災いをなす獣をだしにしたしつけだ▲ところが、神田さんの父はオオカミをまつる神社を信奉していた。隣の岡山県にある、そのお宮は向き合う一対の獣を戸口札に描くから不思議である。イノシシを寄せ付けず実りを守るカミとなった証しなのか▲原発事故で全村避難する福島県飯舘村の山津見神社には、237枚のオオカミ絵があった。3年近く前、宮司の奥さんが亡くなる火事があり、天井の絵も失われる▲ただ一つだけ手掛かりが残った。焼失前に研究者が全ての絵を撮った写真だ。奥さんの遺言と受け止めて人々は復元に動き、東京芸大院生たちの日本画の筆でよみがえる。昨年11月にまず100枚を披露した▲併せて調べるうちに、オオカミの絵馬やお札は東北の南部に広く残ることが分かる。取材した河北新報の編集委員は「膨大な予算の事業でなく―」と記事に付した。小さな復興にも人を再起させる力はある。人なき山野にイノシシやサルがはびこる今の村だが、カミはそこにいる。

(2016年1月12日朝刊掲載)

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