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連載・特集

緑地帯 深作欣二とその周辺 一坂太郎 <7>

 深作欣二監督の「仁義なき戦い」というやくざ映画が面白いのは、登場人物の私生活を、かなり無視して組織の抗争を描いたことだ。主人公の広能(菅原文太)ですら、全5部の中に妻や恋人などは一切出てこない。20代前半から40代半ばまでの人生で、身近な女性がいたのかすら不明である。それは広能のライバルである武田(小林旭)や江田(山城新伍)、松永(成田三樹夫)なども同様だ。

 ただ、ずる賢い槙原(田中邦衛)には妻がいるもよう。殴り込みに行く前に「女房がのう、腹に子がおって」と泣き出し、逃げてしまう。あるいは「完結篇(へん)」で槙原が暗殺された後、武田が広能に「かみさんにキャンキャン泣かれて往生したわい」とぼやく。しかし、2回だけせりふに出てくるものの、妻そのものは登場しない。

 昨今、映画も歌も恋愛に頼り過ぎと思うが、無視しても、実はすばらしい作品は生まれる。だいいち、人間は四六時中、恋だ、愛だと言い暮らしているわけでもない。

 ただ、この境地に至るまで、「仁義なき戦い」の作り手たちにも、葛藤があったようだ。第1部で脚本家の笠原和夫は、広能の恋人を創作したが、モデルの人からクレームがつき、削除したという。あるいは第3部「代理戦争」の台本準備稿を読むと、完成した映画にはない広能のラブシーンがある。飲み屋で口説いたホステスの京子と、一夜を共にする広能。「一人前の極道」に出世するチンピラとは、どんなタイプかといった教訓調の寝物語を聞かせる。なにやら不自然で、やはりカットして正解だったと思う。(萩博物館特別学芸員=下関市)

(2016年1月14日朝刊掲載)

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