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社説・コラム

社説 台湾総統選 政権交代の民意 尊重を

 8年ぶりの政権奪還である。大統領に相当する台湾総統選で野党、民主進歩党(民進党)の蔡英文主席が、国民党の朱立倫主席を大差で破った。5月には台湾で初めての女性総統が誕生することになる。

 総統直接選挙を始めてから20年となり、民主政治に一層の磨きがかかっている。台湾の行く末は台湾人自らが決めるというアイデンティティーや、自治の意識がより強まってきた証しだろう。共産党一党の独裁を続ける中国と、台湾とは別だという意識も当然あろう。

 今回の選挙で、有権者の多数が、国民党の馬英九政権が進めてきた対中国の融和路線にノーを突きつけたといえる。

 馬政権は市場開放に道を開くサービス貿易協定に調印するなどし、中台経済の一体化を進めてきた。しかし、企業の対中進出で産業が空洞化し、台湾経済を引っ張るIT産業の不振もあって経済成長率は伸び悩む。庶民の給料は上がらず、中台接近が恩恵をもたらすと説いた政権への不満が募ったのだろう。

 並行して中国人観光客の増加を横目に、市民の間で「中国にのみ込まれてしまう」と警戒感が強まったようだ。2014年春、中国との自由貿易協定の中身に反対した「ヒマワリ学生運動」に象徴されるように、民主主義の中で育った若い世代の政治参加の影響も大きかろう。

 民進党は台湾生まれで、綱領に「台湾共和国」樹立を掲げる独立志向の党である。その党の飛躍と、国民党の地盤沈下が一時的な現象ではないと認識したい。立法院の選挙でも民進党が圧勝し、初めて過半数の議席を得た。学生運動を背景に生まれた若者中心の新党「時代力量」も5議席を獲得した。

 新政権が中国との関係をどう築いていくのか、注視したい。

 これまで中台は「一つの中国」の原則で一致したとする1992年合意を基礎としてきた。各自で解釈できるとする国民党政権側の説明を中国共産党側も否定していない。定義をあえてあいまいにすることで、台湾海峡の緊張を緩和する役割を果たしてきたからだ。

 蔡氏はこの合意を認めていない。勝利後の記者会見でも中台関係の「現状維持」を目指すとし、中国に新たな枠組みづくりに向けた対話を呼び掛けた。これが民意であり、尊重していく必要があろう。

 ただ今後も、前回の民進党政権が対中国で強硬路線を敷いて緊張を高めた教訓を生かせるのか。経済の依存度が増しているジレンマもある。いばらの道であることは間違いあるまい。

 「台湾統一」を悲願とする中国の出方が気掛かりだ。民進党を警戒し、選挙結果を受けて早速「『一つの中国』の原則を堅持する」と外務省談話を出し、けん制した。政治や軍事、経済面で揺さぶりをかけはしないだろうか。香港に対して「一国二制度」と言いつつ民主化運動や言論の自由に圧力をかける姿を見れば、取り越し苦労とはいえない。習近平国家主席は台湾の民意をくんで対話に応じ、一致点を見いだす努力をすべきだ。

 日米を含む周辺国は中台の共存共栄を求めてきた。関係が不安定になれば、東アジアの安全保障を揺るがす。揺らぐ世界経済にも打撃を与えかねないということを忘れるべきではない。

(2016年1月18日朝刊掲載)

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