×

社説・コラム

社説 施政方針演説 現実とのずれが大きい

 懸案に真正面から答えを出していく。その言葉自体はうなずける。きのう国会で安倍晋三首相が施政方針演説を行った。

 ただ全体を通じて感じるのは明るい日本の未来を高らかにうたう半面、上滑りしている印象が否めないことである。

 その最たるものが経済政策に関する説明だろう。この3年間のアベノミクスを「大きな果実を生み出した」と自賛し、政権交代前と比べて国内総生産(GDP)や税収が増えたことをしきりに強調した。

 過去の成果はまだしも、日本経済の現状認識は少々甘くはないか。株価がことしに入って乱高下し、先行きの不透明さを増しているのは間違いない。

 「異次元の金融緩和」による円安頼りのアベノミクスの行き詰まりという見方も強い。まさに真価が問われているにもかかわらず、演説から危機感が伝わってこないのは気になる。

 同じようなことは、演説の柱の一つとした「地方創生」に関する部分からも読み取れる。景気回復の恩恵を地方が受けず、とりわけ疲弊の度合いを強める中山間地域の現実をどう考えるのかが一向に見えない。

 そのずれを隠したまま真っ先に環太平洋連携協定(TPP)を挙げる感覚からしてどうなのか。輸出拡大を軸にした「攻めの農政」という処方箋が津々浦々に効くと思えないからだ。

 自治体の総合戦略を交付金で応援するともうたうが、国として首都圏への一極集中をどう是正するかの覚悟も見えない。

 さらにいえば、間もなく5年を迎える東日本大震災への対応は明らかに物足りない。被災地がばら色に復興しつつあるかのような言い方で「地方創生の先駆け」と持ち上げることに違和感は拭えない。特に福島第1原発事故の被災者の多くが避難生活を送る実情を、首相はどこまで肌で感じているのだろう。

 一方で目先の参院選を意識したのだろう。「分配」への配慮を打ち出したのも目立つ。

 1億総活躍の一環で「同一労働同一賃金」の実現を新たに掲げた。正社員と非正規の格差是正が急務なのはその通りだ。しかし昨秋、野党提案で実現を図った法が成立こそしたものの、与党の修正で骨抜きにされたばかりである。

 どこまでやる気があるのか。参院選で生活者重視を掲げるであろう野党の機先を制したいようにも映ってしまう。

 もう一つ演説で首をひねるのは安倍政権として日ごろ意欲的なテーマについて詳しい説明をあえて避けていることだ。

 何より憲法改正である。首相は「どの条項を改正するかとの新たな現実的な段階に移った」とまで国会答弁している。なのに演説では野党への議論の呼び掛けにとどめた。いまだ改憲に慎重な世論を意識し、目をそらす意図はないか。

 賛否が分かれる原発再稼働にも触れずじまいだった。首相は「継続こそ力」と長期政権への意欲をにじませたが、ならば日本の針路を左右する難題から逃げる姿勢は無責任だろう。

 26日から衆参で代表質問が始まる。甘利明経済再生担当相の金銭授受疑惑が表面化し、「政治とカネ」も論点に浮上してきた。演説の美辞麗句で隠された部分に関する突っ込んだ論戦を与野党に求めたい。

(2016年1月23日朝刊掲載)

年別アーカイブ