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連載・特集

若者と政治 第1部 主権者教育 <3> 中立の授業

教員の個人意見封印 踏み込み不足 葛藤も

 「各政党の主張を中立に整理したつもりでも、受け取り方によっては偏りがあると思われるかもしれん」。福山市の盈進中高で昨年12月、社会科教諭たち9人が出席した主権者教育の会議。延和聡(のぶかずとし)教頭の言葉に一同が深くうなずいた。

 「生徒に『先生はどの党を支持するん』と聞かれても答えられん」「『これは駄目、あれは駄目』ばかりでもなあ」―。約30分間の議論は「中立性」が話題の中心となった。

 念頭にあるのは、文部科学省が10月に出した通知だ。生徒が自らの判断で選挙に臨めるよう、現実の政治的な出来事も取り扱う「具体的かつ実践的な指導」を求めた。ただし、教員が個人的な主義主張を述べることは避け、「公正かつ中立な立場」で指導するよう明記する。

 同中高では、安全保障関連法制など評価の割れる時事問題をどう扱うかはまだ決めていない。ただ「夏の参院選に向けて、教室でも選挙や政策の話が飛び交うようになる。何が良くて何が駄目か、教員の良識が問われる」と延教頭。議論をさらに深め、新年度の早いうちに教員向けの研修も開きたい考えだ。

柳井高の騒動 影響

 学校が「中立性」に神経をとがらせる背景には、昨夏に柳井高(柳井市)の授業をめぐって起きた騒動もある。審議中だった安全保障関連法案について、全国紙2紙を参考に授業で議論し生徒の意見発表などをしたが、自民党県議が中立性を疑問視。県教委の教育長が謝罪する事態となった。

 広島県教委が11月に開いた主権者教育の校長説明会でも、ある校長は柳井高の授業に触れ「複数の記事を取り上げていた。どこが問題だったのか」などと質問した。広島市内で同月あった別の民間セミナーに参加した山口県内のある社会科教諭は「注意して授業を組み立てても、世の中には納得しない人もいる。管理職が学校への非難を恐れ、思い切った授業ができないこともある」とこぼす。

議員のビデオ上映

 中立性を保ちながら、いかに生徒の興味を引く授業をするか―。崇徳高(広島市西区)は11月、3年生の授業で県選出の国会議員4人によるビデオレターを上映した。政治家としての目標や所属政党の政策、安保法制への姿勢などを語る内容だ。

 依頼先は、担当教諭の話し合いで「2014年の衆院選比例代表で得票率10%以上の党」と決めた。該当する自民、民主、維新、公明、共産の5党のうち、組織の分裂で交渉が難しかった維新以外の4党に依頼した。

 小林一成教諭は「全ての党は無理でも、基準を決めて4、5党に依頼できれば中立性を保てると考えた。結果的には与野党が2党ずつになったこともよかった」と振り返る。「ブラックバイト」や奨学金など、高校生に身近なテーマも盛り込んでもらうことで、生徒の関心も「想定以上だった」という。

 授業で教員は個人的な考えを述べない、との方針で臨んだ。ただ、小林教諭は「生徒へのごまかしだったのでは」との思いが残る。「生徒を一人の人間として信頼し、一意見として教員の考えも述べる。そこまで踏み込んでこそ、教育の効果が高まるのではないか」。今も考え続けている。(明知隼二)

政治的中立の確保
 文部科学省の昨年10月の通知は、高校などの教員に「特定の事柄を強調しすぎる」「一面的な見解を十分な配慮なく取り上げる」ことがないよう求める。同省などがまとめた主権者教育用の指導手引でも、授業での留意点の解説など、中立性確保に関する内容に1章を割いている。

(2016年1月28日朝刊掲載)

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