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社説・コラム

社説 首相の9条改正発言 まず立憲主義の議論を

 憲法改正をめぐり、安倍晋三首相が国会で「戦力の不保持」を定めた9条2項に言及している。夏の参院選の争点にしたいと考えているのは明白だ。

 「何よりも国民的な議論が深まることが大切だ」と述べているが、「衣の下のよろい」がのぞく発言が多すぎる。甘利明前経済再生担当相の金銭授受問題発覚後も、内閣支持率が落ちないことに意を強くしたのだろうが、このような流れで「国民的な議論」が深まるだろうか。

 首相は昨年11月の衆参予算委員会では、憲法への「緊急事態条項」の新設について繰り返し強調し、年明けの記者会見でも触れていた。国家の非常時を議論するにしても「改憲ありき」ではないと、かねて私たちは指摘してきたが、大災害や他国による武力攻撃の際の首相権限強化などが考え方の柱である。

 首相は「未来に向かって責任感の強い人たちと3分の2を構成したい」と、先月のNHK番組で発言した。おおさか維新の会も、緊急事態条項の新設を独自の見解として改憲試案に入れようとしている。野党を含めて「改憲勢力」をつくるなら、9条でなく緊急事態条項を軸にした方が進めやすいはずだ。

 にもかかわらず、9条2項改正に言及するのは改憲に推進力を与えたいからだろう。争点にした上で参院選に勝てば、さらに踏み込むことができよう。

 首相は3日の衆院予算委で「7割の憲法学者が自衛隊に憲法違反の疑いを持っている状況をなくすべきだとの考え方もある」と述べた。その上で9条2項改正の必要性に言及したわけだが、どうにも引っかかる。

 というのも、昨年の安全保障関連法の審議の折、「憲法学者の言う通りにしていたら今の自衛隊はなく、日本の平和と安全は守れない」と言っていたのは与党の政治家たちである。今になって、憲法学者の指摘を引き合いに出すのは解せない。

 しかも「9条2項は現実に合わない。このままにしておくことは立憲主義を空洞化するものだ」という、稲田朋美自民党政調会長の質問に呼応した答弁であることも見過ごせまい。

 稲田氏は現憲法の制定過程や占領政策の検証に意欲を見せている政治家だ。首相もまた、同じ意味で「立憲主義の空洞化」をとらえているのだろう。

 憲法とは人権を保障し国家権力の手を縛るものであることを指す。これが立憲主義だ。

 ゆえに憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員」に憲法尊重擁護義務を課している。自民党の改正草案が国民に憲法尊重義務を課していることは、それと真反対である。立憲主義を空洞化させようとしているのは、改正草案の方ではないか。

 首相は一昨年、「憲法が国家権力を縛るというのは、王権が絶対権力を持っていた時代の考え方」と述べている。多くの憲法学者の憲法観とは隔たりのある見方だろう。この辺りの持論をもう一度つまびらかにし、国民に分かりやすい議論をじっくり行うべきである。

 ことしは憲法公布70年の節目である。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて、主権者の自覚をどう育むか考えなければならない始まりの年である。民主主義と民主政治を鍛え直す、絶好の機会にもなるはずだ。

(2016年2月7日朝刊掲載)

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