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連載・特集

70年目の憲法 第1部 暮らしに息づく <3> 地方自治

過疎の島12年ぶり舌戦 1票投じ参画に意欲

 瀬戸内海に浮かぶ広島県大崎上島町。夕日が差し込む船着き場で、漁業中村直樹さん(30)は海を見やる。高校から島外で過ごし、生まれ育った地に戻ったのは5年前。この間、感じたのは島の厳しい現実だった。

 少子高齢化、雇用の不足…。農地や山は荒れ、造船や農業で潤ったのも過去の話だ。「島じゃ食えん」と若者は島外へ。島が嫌いとの声も聞く。「住民は島の活性化への次の一手に及び腰。諦めムードというか…」と中村さん。住民の意思に基づいて行われるはずの地方自治。「ついのすみか」と決めただけにもどかしい。

無投票2回続く

 町は2003年、木江、東野、大崎の3町合併で誕生した。当時9818人だった人口は20%減り8千人を割る。65歳以上の高齢者も2人に1人。町では合併時以来、「民意の代弁者」を選ぶ町長選で無投票が2回続いた。中村さんは昨年4月に12年ぶりの町長選を経験し、島の閉塞(へいそく)感と「無投票」は無関係ではないと感じた。

 憲法は「地方自治」の項目で、住民が地方自治体の首長や議員を直接選ぶと規定。明治憲法にはなく現行憲法で初めて明文化され、地方自治の根幹をなす。

 「無投票では住民に選択肢がない。地方自治の危機を感じた」と町長選で現職に挑んだ元町議の会社員赤松良雄さん(61)。「無投票が続き、物言わぬ住民になった気がする」との感覚が立候補の動機だった。12年ぶりの選挙戦はしかし、投票率が03年の89・51%を12・99ポイントも下回る76・52%だった。

将来考える好機

 無投票、低投票率…。この島に限った話ではない。総務省によると、昨年4月の統一地方選で町村長選は全体の43・4%の53町村で、町村議選(総定数4269)は89町村の930人が無投票で当選した。その他の選挙の投票率も低調で、全国で地方自治の劣化や空洞化が懸念されている。

 一方で、中村さんは「選挙があると無投票と違い、島の将来を立ち止まって考える機会となる」と力を込める。近く第1子が生まれる。自分の感覚で候補者を見比べた。若い町政の担い手の必要性も感じた。東京から移住して2年半の漁業前釜光芳さん(31)は、東京と違う「町長」との距離感が新鮮だったという。島では町政と暮らしが直結する。「1票を投じたことで、まちづくりへの参画意欲も強まった」

 中村さんたち若手の漁師は14年、地元の新鮮な魚を振る舞う「漁師祭り」を島内で始めた。いずれは行政と力を合わせ、島外から多くの人を呼び込みたいとの夢を描く。選挙が行われ、そして1票を行使してこそ、地域はより活気を帯びる。(胡子洋)

 憲法92条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

 93条2項 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

(2016年2月9日朝刊掲載)

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