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連載・特集

70年目の憲法 第1部 暮らしに息づく <4> 生存権

貧困の危機 すぐ隣に 細る生活保護 訴訟も

 昨年の年の瀬、職を失った男性(29)は、地元の広島市に戻った。貯金も頼る親族もなく、初めて生活保護を申請した。アルバイトが決まった今は家賃分の保護費を受給。「最低限の生活基盤がある安心感は大きい」。その場しのぎの生活に終止符を打ち、自立を目指したいと考える。

 男性は幼い頃に両親が離婚し、母親に育てられた。家計は苦しく、早々に大学進学の夢を諦めた。目標が持てず高校を中退。その後は派遣会社に登録し、広島県外で非正規雇用で働いた。その日暮らしの生活だった。

正社員の道遠く

 安定を求め、何度もハローワークに通い、正社員への道を探った。しかし現実は厳しく、大卒以上、資格が求められるものばかり。当座の金が必要で非正規就労を繰り返すしかなかったという。「いったんその生活に入ると抜け出せない…」。自分を責めもした。

 男性は今、アパートに1人で暮らす。県内にいる母親は数年前から精神の病を患う。「いつかは経済的に支えたい」。そのためにも、まず自分の生活を安定させたいとの思いを強くする。

 非正規雇用の増大や年金の縮小…。あらゆる世代で貧困の危機は隣り合わせにある。生活保護費は2015年度予算で約2兆9千億円。受給世帯は同年11月末で全世帯数の約3%の約163万世帯に上る。うち65歳以上の高齢者世帯は49・5%を占める。憲法25条が規定する「生存権」の存在感は増す。

 一方で、不正受給の問題が生活の「最後のとりで」への風当たりを強める。国の調査によると14年の不正受給は約4万3千件で約175億円に達した。

 国は保護費が膨張する中、13~15年に受給額をめぐる戦後最大の基準引き下げを実施した。家族構成や年齢によっては月額で約1割減る世帯もある。15年には暖房費に充てる冬季加算を引き下げたほか、住宅扶助基準も改定。住宅扶助費は広島市の場合、単身世帯で月額4万2千円が4千円下がり、引っ越しを迫られる人もいる。

暮らし「直視を」

 基準の引き下げをめぐり、健康で文化的な最低限度の生活を侵害しているとして全国26カ所で違憲訴訟が起きている。

 広島訴訟の原告の一人、加藤清司さん(89)=東区=は下水道工事会社を経営していたが、景気悪化と過当競争で仕事が激減し、体も壊した。02年に倒産。自己破産して、生活保護を利用するしか生きるすべがなかった。基準の引き下げで暖房の使用を控え、食品は「安い物」しか手を出せない。

 「裁判所には一人一人の暮らしの実態を直視してほしい。そして憲法25条が守られる制度の在り方を考えてもらいたい」。体調に不安を抱えながら訴訟に臨む加藤さん。そう切に願う。(久保友美恵)

 憲法25条1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 2項 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

(2016年2月10日朝刊掲載)

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