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連載・特集

70年目の憲法 第2部 私の主張 <2> 神戸女学院大名誉教授・内田樹氏

「侵略しない」誓い重要

  ―憲法改正をめぐる今の空気をどう見ていますか。
 護憲か改憲かの問題ではなく、立憲か廃憲かが問われている。つまり憲法は要るのか要らないのか。特定秘密保護法以来、安倍晋三首相の言動は、国権の最高機関は国会ではなく内閣だと発信しているように見える。

 憲法に基づく国の統治ではなく、内閣総理大臣に全権集中させ、文句があれば次の選挙で落とせばいいというシンプルな形。それはすなわち憲法が要らないという宣言だ。憲法を統治の道具として扱っている。

 緊急事態条項から改憲議論に入ろうとしているのがいい例だ。これは「全権委任法」で憲法を停止するためのようなもの。憲法が要らないとの真意が見える。

主権者意識喪失

  ―安全保障関連法などに反対の声が根強い一方、支持率は高水準にあります。
 合議で物事を決めるより、独裁的に決めるスタイルを支持する人が半数いるということ。私は国民国家の「株式会社化」と言っている。往々にして、会社ではトップが物事を決め、個々の政策に異論があったとしてもその仕組みにあまり疑いを持たない。そんなサラリーマンマインドがそのまま、今の政治過程に適用されている。

 つまり安倍首相が会社の社長、自分たちが従業員であると。それは主権者意識の喪失だ。安倍首相は憲法を会社の定款とぐらいにしか思っていないのではないか。

現実こそ改変を

  ―憲法が軽んじられているということですか。
 憲法は理想を掲げ、それに見合うように現実を改変し、整えていくことが重要。これこそが立憲主義だ。現実がどんどん変化するので憲法を現実に合わせるという発想はナンセンス。目まぐるしく変わる現実の中で、指南力がある羅針盤の役割の憲法がないと航海はできない。「波に任せておけばいい」では非常に危険だ。

  ―安倍首相は「戦力不保持」を定めた9条2項も改正の対象に挙げています。
 2項は絶対になくしてはならない。世界標準として日本が提示しえるものは9条しかなく、この70年間、戦争していないことは世界史的な業績だ。改憲理由に東アジア情勢の緊迫化を挙げる向きもあるが、「侵略はしない」とする2項のおかげで、他国に戦争の理由を与えない。だからこそ日本の防衛力は非常に高いわけだ。そんな2項の抑止力の否定は極めて難しいはずだ。(聞き手は胡子洋)

うちだ・たつる
 1950年、東京都生まれ。東京大卒。東京都立大大学院博士課程中退。専門はフランス現代思想。著書に「憲法の『空語』を充たすために」など。65歳。

緊急事態条項
 大規模災害や他国の武力攻撃の際、迅速な対応ができるように内閣に権限を集中させることなどが柱。自民党は衆院憲法審査会で優先的な改憲項目と提案。与野党間でも国会議員の任期延長の必要性を認める意見などで一致する一方、私権が制限される懸念もあり、慎重な議論を求める声も強い。

(2016年2月24日朝刊掲載)

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