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社説・コラム

『書評』 話題の1冊 日本人の底力 菅原文太著 戦いあらがう男の遺言

 仙台市出身の俳優である著者は高校時代、新聞部に所属していた。1学年下の後輩に作家の故井上ひさしさんがいた。本書は、著者が一昨年の11月に亡くなる直前まで収録したラジオのインタビュー番組が基になっている。「客人」と呼ぶ対談相手の著作や新聞記事を読み込んで収録に臨んだ著者の問いは、鋭さと温かさを併せ持ち、ジャーナリスト魂を感じさせる。

 約12年に及んだ放送で招いた客人は、延べ584人。没後1年を機に昨年末に編まれた本書には22人が登場する。故郷の東北や原発事故、さらには死の直前まで発言をためらわなかった憲法問題や沖縄の米軍基地に話題は広がる。無論、自身が晩年に打ち込んだ農業についても。

 1954年のビキニ水爆実験で被曝(ひばく)した第五福竜丸の乗組員だった大石又七さんの体験に耳を澄ませ、原子力の持つ負の側面について「自分自身も含めてね、本当に考えてこなかった」と自省する。長崎で被爆した谷口稜曄(すみてる)さんとの対談では「広島や長崎に原子爆弾が落ちたのも、普天間の問題がくすぶっているのも、そもそも戦争がなければなかったこと」と断言。「憲法9条の死守」を訴える。

 発言の立脚点は明確だ。人間の存在と平和を何よりも大切にすること。「電波停止」をちらつかせ、権力者にとって心地いい「公平中立」を求める政治家が幅を利かせる今、著者が存命ならば、何を語るだろうか。

 80年のNHK大河ドラマ「獅子の時代」で著者は、自由民権運動に加勢し、政府軍と激突する会津人・平沼銑次(せんじ)を演じた。その生死をあえてあいまいにした最終回で「足尾銅山鉱毒事件などの現場にいた」との後日のうわさが紹介される。「噂(うわさ)の銑次はいつも戦い、あらがう銑次であった」。ドラマのラストシーンに重なるナレーションのように現実を生きた著者。渾身(こんしん)の遺言のような一冊だ。(石川昌義)(宝島社・1404円)

(2016年2月28日朝刊掲載)

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