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社説・コラム

『論』 高浜原発と「地元」 30キロ圏の軽視許されない

■論説委員・下久保聖司

 エンジンを吹かしても車は一向に進まない。先月中旬に訪れた京都府舞鶴市の松尾地区でのこと。日陰の道路に残った雪に、タイヤがはまった。隣接する福井県高浜町にある関西電力高浜原発から約4キロ。もし今、大きな事故が起きたら―。ふと考えた。

 「そりゃあ難儀でしたなあ」。前区長の谷義雄さん(74)との話の糸口となった。この山里に暮らすのは7世帯17人で、高齢者が大半を占める。原発5キロ圏といえば重大事故で即時避難が命じられる。「大雪になれば車は使えん。全力で助けると言うが、放射能まみれの所に来る人などおるんやろか」

 谷さんが腹を立てたのは昨年11月に開かれた住民説明会だ。原子力規制庁の担当者らが安全対策を強調するも、会場の質問は受け付けない。パフォーマンスにすぎないと、谷さんには映った。

 原発再稼働の是非をめぐる世論が割れる中、関電は高浜原発3、4号機を相次いで動かした。だが先月末、再稼働からわずか3日の4号機が機器トラブルで緊急停止した。谷さんに電話をすると「お粗末ですなあ。これでどうやって原発を信じろと言うんですか」。

 関電は4号機を冷温停止とし、営業運転は来月以降にずれ込みそうだ。しかし本当に大丈夫だろうか。いっそのこと3号機も止めて厳重点検をしてほしいというのが住民の思いではないか。今後、関電が予定する他の再稼働についてもゼロベースで考え直す決断も頭に入れてもらいたい。

 併せて求めたいのは、近隣の自治体と住民への十分な気配りである。高浜再稼働に当たっては、福井県と立地自治体の高浜町の同意のみで突き進んだ。多額の立地交付金や関連雇用を考えれば、自治体も含めて結論ありきだった感は否めない。福島事故前に定められた手続きによったが、国が電力会社に求める「地元理解」のエリアが狭過ぎるように思える。

 5年前の東京電力福島第1原発事故を忘れてはならない。放射性物質は広い範囲に拡散し、今なお全村避難が続く福島県飯舘村にしても大半が30キロ圏外にある。

 原子力災害の過酷さを知ったからこそ国は30キロ圏の自治体に避難計画の策定を義務付けたはずだ。ならば再稼働の是非も30キロ圏自治体の意見を尊重すべきである。

 実際に、京都府と滋賀県の首長からは高浜再稼働の安全協定で事前同意権を求める声が上がった。30キロ圏人口の7割は京都が占め、滋賀は「近畿の水がめ」琵琶湖を抱えている。避難計画など義務が増える割に、権限が不十分なのは承服できないというわけだ。

 だが関電は頑として認めなかった。「今後も文句を言い続ける」とは全国知事会長も務める京都の山田啓二知事である。30キロ圏より少し離れた京丹後市の中山泰市長も「被害リスクを背負わされる近隣自治体は再稼働手続きに参加する権利を持つべきだ」と訴える。

 高浜に限った問題ではない。同じ福井県の大飯原発や愛媛県の伊方原発、佐賀県の玄海原発も30キロ圏に他県が含まれている。青森県の大間原発をめぐっては、対岸の北海道函館市が建設差し止め請求の訴訟を起こしている。

 もっと広い範囲に同意権を認めてほしいとの声もあるが、住民の安全・安心を第一に考えるなら、国として少なくとも30キロ圏を原発の「地元」と定義すべきだ。

 同意取り付け先が増えることに電力会社は抵抗を示すだろうが、発想の転換を求めたい。多くの自治体が原発地元の「当事者意識」を持てば、とかく机上の話といわれる避難計画も実効性が増す。

 福島の事故では役所にも情報が入らず、道路も大渋滞した。混乱の最中に入院患者が大勢亡くなった。ほかにも高線量地域と知らずに避難し、被曝(ひばく)線量が増えた住民もいた。その教訓を生かしたい。

 政府は自治体と電力会社の調整役を果たすべきだ。これまで地元理解が重要としながらも実際には「自治体と民間企業の話」として表に出ようとしなかった。未曽有の原発事故を体験した国の政府としては無責任と言わざるを得ない。老朽原発の扱いなどの懸案も多い。幅広い世論をくみ取る努力が今こそ求められる。

(2016年3月3日朝刊掲載)

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