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社説・コラム

「お互いさま」被災地で実感 東日本大震災 支援続ける大田の浄福寺・高津住職

仮設住宅訪問 笑顔 活動の原動力

 2011年の東日本大震災以降、宗教界もボランティア活動などで被災地を支援してきた。発生から、もうすぐ5年。中国地方から今も被災地へ通う僧侶がいる中で、浄土真宗本願寺派浄福寺(大田市水上町)の高津真悟住職(57)は福島県など2カ所の仮設住宅と個人的につながりを持つ。宗教者の目線から見た被災地と人々の生き方には、「お互いさまの心」など現代人が忘れかけた大切な教えがにじむ。(桜井邦彦)

  ―被災地でどんな活動をしていますか。
 福島県の国見町と宮城県の南三陸町の仮設住宅を年2回訪ねている。門徒さんたちから預かった支援物資を車に積んで片道約1300キロを走る。3月は学校の春休みを使って坊守と娘、息子の家族4人で、7月は僧侶の仲間と回る。私は自家製のそば粉でそばを打ち、子どもたちも焼き鳥やたい焼きを作って仮設住宅の皆さんに振る舞う。

  ―被災者は支援をどう受け止めていますか。
 11年秋に初めて現地を訪ねた帰り際、ある漁師さんが「『また来る』と言って来た者はいない」と言われた。私たちボランティアへの「また来て」という重いメッセージと私は受け止めた。

 真っ暗闇で出口が分からないと人は不安を感じるが、人の真心に出会い「見守られている」と思えると、明かりが差し救われる。気遣いや優しさが伝われば皆さんを笑顔にできる。「必ず救う」と、私たちを見守ってくださる阿弥陀(あみだ)様の働きのように。

生きる姿に勇気

  ―ボランティアの皆さんは、どんな思いで支え続けているのでしょう。
 南三陸では船が流されたり、家の二重ローンを抱えたりしながら「私たちはどんな被害を受けても、この海でしか生きられない」と、その年の10月にはワカメの種付けを始め、海と再び生きようとされていた。その姿を見て勇気が湧いてきた。「元気をもらって帰る」と話すボランティアが多いのもうなずける。

 現地の皆さんが喜んで迎えてくださり、自分が必要とされていると感じる。その笑顔が私たちを動かす原動力。被災者の方々の何げない一言一言も、私にとっては仏様の言葉に聞こえる。

  ―心に響いたエピソードは。
 現地でこんな話を聞いた。津波の押し寄せた場所で、食べ物のない被災者がスーパーやコンビニのあった場所で缶詰を拾って食べた。「おかげで生かされた」と後日、店主にお金を払いに行った人がいた。「ごめんなさい」の気持ちだったと思う。店主は「あの時はお互いさまですよ」と受け取らなかったという。

 現代は目の前ばかりを見て、豊かになることを善とする。心がすさんできたとも思うが、被災地では感謝の気持ちを強く感じた。仏教の盛んな日本ならではなのか、被災地の日常の中で大切なことをたくさん教わった。目に見える豊かさだけで人は幸せになれない。心が大切なのだと。

癒えない心の傷

  ―震災から5年。支援は今後も必要ですか。
 仮設住宅を出る方が増えたが、心の傷は癒えていないし、原発事故の影響も現在進行形。まだ支援はいる。私は仏教の根本を、布施の心の実践だと思っている。その一つがボランティア。その輪の広がりはうれしい。私も3月下旬に再び家族で行こうと計画している。

(2016年3月7日朝刊掲載)

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