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社説・コラム

社説 震災5年 エネルギー 「地産地消」福島に学ぶ

 会津盆地の山裾に3700枚の太陽光パネルが並ぶ。東京電力福島第1原発の事故後、福島県喜多方市で設立された「会津電力」の発電所である。

 地元の造り酒屋の当主でもある佐藤彌右衛門社長の言葉に共感した。「福島をエネルギー面で自立した地域にしたい」と。原発事故を機に再生可能エネルギーの事業を始めた。県内の計48カ所で太陽光発電を展開し、今後は風力、小水力などの事業を進める青写真を描く。

 太陽光や風力、水力、バイオマス、地熱…。福島では再生エネルギーを生かした発電事業への新規参入がほかにも相次ぐ。県が「2040年までに全エネルギー需要の100%を再生エネルギーで賄う」との目標を掲げ、独自に財政支援するのも大きい。ゆくゆくは県内各地に発電所を設け、「エネルギーの地産地消」を目指す。

 いまだ試行錯誤の段階なのは確かだ。全国の再生エネルギー拡大の現場と同様に、急速に発電計画が進んだために送電網の容量を超え、売電ができない地域も県内で出始めている。実際に昨年の再生エネルギーの割合は27%にとどまり、40年の目標は遠いのが現実だろう。

 かといって福島の流れを滞らせるわけにはいかない。原発に頼らないエネルギー確保の先進地となるべきだからだ。何より福島の人々には権利がある。

 首都圏の大量消費社会を支えるために電力を送り続け、同時に原発リスクがつけ回されてきた。その揚げ句の原発事故である。現場周辺は放射能に汚染され、今なお多くの人々が避難生活を続ける。「原発はもうごめんだ」との偽らざる感情はそう簡単に薄まるはずもない。

 しかし日本全体でみれば福島の思いとは逆の方向に進んではいないか。原発再稼働がなし崩し的に進み、原発事故を踏まえてできた新規制基準の実効性も揺らいでいる感は否めない。例えば運転開始から40年たった原発は原則として廃炉にすることが定められたが、原子力規制委員会自らの手で骨抜きにされつつあると言わざるを得ない。

 こうして福島の教訓が置き去りになりがちな今だからこそ、3・11の原点を思い返したい。いま一度、立ち止まって再生エネルギーを普及させる重要性を再認識すべきではないか。

 この5年、課題も浮き彫りになってきた。震災翌年からの固定価格買い取り制度に基づく売電価格も段階的に引き下げられ参入にブレーキがかかった。

 この制度が地域レベルで取り組みやすい太陽光発電の普及に役立った一方、電気料金の高騰を一部で招いた面もある。だからといって育成を怠ってはならない。太陽光以外の電源を組み合わせ、よりバランスの取れたシステムに変える必要がある。

 原発依存を脱し、小規模分散型の再生エネルギーを普及させる。そして自立型のエネルギーシステムを構築する―。それが福島の事故の教訓でもある。風力や水力などが豊富な福島県を一律にモデルとするのは難しい面もあるが、エネルギーの「地産地消」で活性化につなげる発想を広げていきたい。

 きのう、政府は福島で水素エネルギーや風力発電などを広める新たな官民合同の会議の設立を決めた。後押しすべきなのは当然、福島だけではない。

(2016年3月9日朝刊掲載)

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