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社説・コラム

『この人』 芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞した 佐々木聰さん 性暴力被害 丹念に追う

 山口放送(周南市)のディレクターとして、「奥底の悲しみ~戦後70年、引揚(ひきあ)げ者の記憶~」を制作した。戦後、旧満州(中国東北部)でソ連軍の性暴力の被害に遭った「特殊婦人」とその家族の実情を浮かび上がらせた番組は、「忌まわしい記憶と誠実に向き合った秀作」と評価された。「いかに人の心の中に入らせてもらうか。重いテーマだが、これまで手掛けたドキュメンタリーと同じ姿勢で臨んだ」と振り返る。

 山口県周防大島町で完全無休の介護事業に挑む2人の女性、岩国市で山を切り開き、ほぼ自給自足の暮らしを営んだ夫婦…。地元に根差したドキュメンタリーで多くの賞を受けてきた。2014年、東京での授賞式で、出席していた評論家から「戦争から逃げてちゃ駄目だ」と諭され、その年の11月に「奥底の悲しみ」の準備を始めた。

 取材の約束の電話では、思いを伝えるだけ。相手の話は聞かない。会って10分ほどでカメラを回す。「言葉ではなく、その場では気付かない表情や、のどの鳴りを収めたい」と言う。

 丹念に証言や資料を追い、引き揚げ港だった仙崎港(長門市)に被害女性のための相談所があったことや、望まぬ妊娠の堕胎が事実上黙認されていたことなどを浮かび上がらせた。「知らないことばかり。どんなにほそぼそとでも伝えていきたい」。取材はいまも続ける。

 平日夕方の情報番組の特集を作る中で、ドキュメンタリーの題材を見つけることが多い。「日々の放送で、必ず伝えたいものがある。その延長に、腰を据えて取り組むテーマがある」。周南市で妻、娘2人と4人暮らし。(桑田勇樹)

(2016年3月11日朝刊掲載)

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