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連載・特集

忘却にあらがう 東日本大震災から5年 <2> 児童文学作家・中澤晶子さん

原発事故 問い続ける 気付き考える努力を

 「忘れないと、つらくて前に進めないこともある。でも私たちは、忘れてはいけないことまで忘れてしまっているのではないでしょうか」。自問自答するように語る。

 今月出版した児童書「こぶたものがたり チェルノブイリから福島へ」(岩崎書店)は、1986年の旧ソ連チェルノブイリと、2011年以降の福島が舞台。それぞれの地で飼われていた子豚の目線から、人間が引き起こした原発事故と「忘却」を描き、文明のありようを問うた。

◆「自分への戒め」

 チェルノブイリの少女ターニャは、牧場の子豚「まるまる」を友達のようにかわいがっている。だがある日、発電所に「たいへんなこと」が起こり、ターニャの一家は逃げることに。まるまるたちは汚染された地に取り残されてしまう。

 その後、福島に保養に招かれたターニャは、古里の体験を日本人の少女ふゆこに伝えて「忘れないでください」と手紙につづる。

 そして25年後。ふゆこの娘のなつこは、「もも」と名付けた子豚をペットにしている。そこに、大地震と原発事故が起きて―。

 ももが訴える「わすれないでください」。遠く離れた二つの地を結ぶ子豚の物語は、チェルノブイリや福島の事態が決してローカルな問題ではなく、人類すべての問題なのだと気付かせる。人間の忘れやすさや身勝手さにも。「子豚の言葉を借りた、自分への戒めでもある」と力を込める。

 5年前の3月11日、仕事で東京にいた。経験したことのない大きな揺れに「近くの原発は大丈夫だろうか」ととっさに思ったという。不安は的中した。  チェルノブイリ原発事故から2年後の88年、ある児童書を出版していた。「あしたは晴れた空の下で ぼくたちのチェルノブイリ」(汐文社)。実際に放射能汚染の恐怖にさらされた旧西ドイツの友人から寄せられた報告や資料を基に書いた物語だ。いったん絶版になったが、福島第1原発事故後、要望が相次いで復刊された。

 「人間は忘れてしまう生き物」と痛感する。チェルノブイリを忘れていったことが、福島の事態を招き寄せたのではないか。そして今、「あれほど自分たちの暮らしを見直そうと誓ったはずなのに、国内でもう4基目の原発が再稼働している」

 96年、チェルノブイリで被災した子どもたちでつくる音楽団「チェルボナ・カリーナ」が来日し、受け入れに関わったときのこと。美しい民族楽器や歌声を響かせた後、団員の一人が「私たちのことを忘れないで」と語ったという。

◆実情学ぶシンポ

 「楽団の子どもたちは保養のために福島県も訪れていた。自分たちを癒やしてくれた地で起きた原発事故を、どんな思いで受けとめているだろう」。そんな思いが「こぶたものがたり」執筆の出発点となった。昨年、日本児童文学者協会の機関誌に「忘れないよ」とのテーマで寄稿。挿絵を担当したささめやゆきさんの提案で単行本化が実現した。

 本はつながりも生む。「あしたは晴れた空の下で」の刊行をきっかけに、横浜から広島に修学旅行に訪れる生徒への講話を頼まれ、毎年務めている。同書の復刊が縁になって地元の仲間が集い、福島の実情を学び考えるシンポジウムも毎春続けている。

 「年に1回だけやっても駄目、日常的にやらないと意味がないと言われることもある。でも、節目だけでもハッとして考える努力をしないと、人間は本当に忘れてしまう」。思考し、話し、書くことに「忘れない力」があると信じている。(森田裕美)

なかざわ・しょうこ
 1953年名古屋市生まれ。中高時代を広島市で過ごす。1991年「ジグソーステーション」で野間児童文芸新人賞受賞。「3+6の夏 ひろしま、あの子はだあれ」ほか著書多数。広島市東区在住。

(2016年3月11日朝刊掲載)

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