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社説・コラム

『書評』 イラン毒ガス被害者とともに 津谷静子著 苦難を克服 支援の足跡

 海外への医療支援として、災害や感染流行地域への診療援助はよく知られているし、研究開発や医療教育も大切だ。これらの多くは国、大学、会社が計画的に行い、大きな成果を挙げてきた。個人の思いつきや気持ちから始まった支援もある。組織的なものよりドラマは多く、途中で挫折する例もあっただろうが、自分たちの想定外の大きな成果を挙げるものもある。

 読者は、意外な展開や予想外の事態が多く物語性がある後者のことが知りたくなるだろう。本書はまさにそんなドラマをつづる。

 著者の海外支援の20年間はすさまじい。「モースト(ロシア語で橋)の会」を設立し、ウラジオストクを手始めにロシア、ウクライナ、ベラルーシの各都市の病院へ、さらにパレスチナ・ガザ地区やチェチェン難民キャンプへ医薬品などの支援を約10年間続けた。休む間もなく、広島世界平和ミッションで訪れたイランの毒ガス被害者支援を始め、障害者との交流とともに日英ペルシャ語で書かれた医学書「マスタードガス傷害アトラス」を刊行した。

 また、原爆投下後の広島へ医療支援をしたジュノー博士の考え方や活動を多くの人に知らせたいとアニメ映画「ジュノー」を製作。課題は多かったが、文部科学省選定や広島国際アニメーションフェスティバル特別賞受賞をしたりと高く評価された。

 幼少時にNHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」に憧れた著者が、幾多の苦難や挫折を乗り越え医療支援を続けてきたのはなぜか。水平線の向こうに誰かが待っており、波間をかき分け仲間と旅をする、人形劇そのままを走ってきた。そこには医療職という同じ方向性を持ち、感性を共有できる夫がいたし、同じ志の仲間が集まってきた。各国には多くの喜んでくれる人たちもいた。著者は「個人で行う医療援助の継続には情熱と忍耐、そして仲間が必要だ」と熱く語る。このことを知るだけでも勇気づけられる人も多いだろう。(桑原正雄・県立広島病院名誉院長)

原書房・1512円

(2016年3月13日朝刊掲載)

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