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社説・コラム

社説 教科書検定 幅広い視点養う授業を

 来年春から高校で使われる教科書について文部科学省が検定結果を公表した。東日本大震災を受け、原発事故や防災・減災の記述は厚みを増した。グローバル化により英文による理数科課題も登場した。時代を映す「鏡」の教科書だが、昨年の中学教科書に続き政権の意向が色濃く反映されているようだ。

 大きな特徴として、領土に関する記述が現行本に比べ1・6倍に増えた。改定学習指導要領解説書が「固有の領土」と明記した島根県の竹島や沖縄県の尖閣諸島は、検定に合格した教科書すべてが取り上げている。

 慰安婦問題などの戦後補償は「各国との条約で解決済み」との政府見解を明記した。関東大震災の際に虐殺された朝鮮人の数や、南京事件で殺害された中国人の数は「人数が定まっていない」などとしている。

 今回の検定には大きなポイントが二つある。近現代史で通説的な見解がない事項を書く場合はそれを明記することと、政府見解に基づく記述にすることだ。自民党の強い働き掛けで、2年前に新検定基準はできた。

 不思議なのは、現行本と同じ記述内容なのに日本史の73件に検定意見が付いたことだ。それもあってか「(政府見解を)書かせる検定だ」との声が、出版社のみならず教育専門家から上がった。従来は明確な事実誤認のチェックなどが中心だった。出版社の自主性を重んじてきたのは軍国教育を招いた戦前の国定教科書の反省に他ならない。

 確かに教科書という性格上、政治の動きを含め事実関係をしっかり押さえる必要はある。説が定まらない事柄には注釈も要るだろう。ただ、政治性の強いメッセージを、学ぶ側の高校生はどう受け止めるのか。

 例えば集団的自衛権の行使容認だ。ある出版社は最初「(憲法)9条の実質的な改変」と見出しを付けた。これに難色を示す検定意見が付き、結局は「自衛隊の海外派遣」に変わった。どちらが本質を突いた見出しであるかは言うまでもあるまい。

 解釈改憲をめぐっては「批判する際、解釈改憲という言葉が使われる」と修正された。安全保障関連法は検定後に成立したため今後追加する。世論が割れる中、安倍晋三首相自ら「国民の理解が深まっていない」と認めながら押し切った法律だ。どのような記述になるか注視したい。

 そもそも画一的な教科書自体が、時代遅れの感がある。これからの高校生には「18歳選挙権」が導入され、大学入試改革によって暗記重視から多様な力が問われることにもなる。

 次期学習指導要領が2022年度から実施される予定だ。日本と世界の近現代史を横断的に捉える「歴史総合」や、主権者教育として社会保障などを学ぶ「公共」が新たな必修科目として想定されている。これは自民党が旗振り役だが、政府見解の押し付けだけでは通用しないことは明らかだろう。

 多面的な捉え方や斬新な発想、異なる意見を受け入れて学ぶ姿勢が一層大切になる。インターネット上にあふれる真偽が定かでない情報を見極める能力も欠かせない。この国の次代を担う若者たちである。幅広い視点を養うには多様な教材が必要で、討論を促すべく教師のスキルアップも求めたい。時には教科書を閉じての授業もいい。

(2016年3月20日朝刊掲載)

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