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連載・特集

『生きて』 マツノ書店店主 松村久さん(1933年~) <8> 復刻出版

県内の良書 多くの人に

  貸本屋のマツノ読書会は1968年、周南市銀座の駅前商店街にある今の店舗へ移った
 14年間腰を据えた徳山駅北の店舗の賃料が上がったのを機に、現店舗へ引っ越すことにした。もともと支店として営業していて、ちょうど物件を建て替えるというんで思い切って移ったんです。同時に古本屋の営業も「マツノ書店」の名称で始めた。特色を持たせるため、山口県の史料をそろえた。

 移転当時は貸本業の最盛期で1階を貸本屋、2階を古本屋にしていた。でも次第に貸本屋の客が減ってきた。繁華街の中じゃから通勤通学で店の前を通る人は減ったし、客層も若者ばかりではなくなった。店を入れ替えて1階に古本屋を置いたところ、お客さんがどんどん増えた。

  移転から6年後、41歳のときに復刻出版に乗り出した
 店番でお客さんをよう見とると、目当ての本を探しに来て、見つからずにがっかりした表情で帰る人の多いことに気付いた。しかもなかなかの希少本をね。苦労して仕入れたとしても、一人のお客さんにしか満足してもらえない。自分がその本を復刻すれば、同時に多くのお客さんに喜んでもらえると思ったんです。

 一つの本を多くの人に読んでほしいというのは、長年貸本屋をやってきて身に付いた気質かもしれん。出版も県内の史料に特化した。最初に復刻したのは「大内氏実録」。守護大名大内氏の研究書で、歴史好きや研究者の間で良書として知られ、特に求める人が多かった。

 良い古書を集めるために車が必要になり、免許を取った。最初の愛車オレンジ色のフォルクスワーゲン・ビートル。こんな派手な車に乗ってる人はあまりいなかったから人目を引いて、店の宣伝にもなった。

  出版を始めて間もなく、20年間続けたマツノ読書会に幕を下ろした
 復刻出版に時間を割くようになり、貸本に古本と、とても手が回らない。それで下火になりつつあった貸本屋をやめたんです。以来42年出版業を続け、270点を刊行した。店を移っていなかったら出版業をしていなかったかもしれない。そう考えると移転は英断だったわけです。

(2016年3月26日朝刊掲載)

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