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社説・コラム

天風録 「リンゴの木」

 芥川賞作家の開高健は色紙を求められると好んでこう書いた。<明日、世界が滅びるとしても今日、あなたはリンゴの木を植える>。サントリーの宣伝部時代から、世相を切り取るキャッチコピーを数多く残した▲何が起ころうとも、未来の希望のためできることを粛々とやる。そんな意味かもしれない。泉下の彼なら響かせたい言葉だろう。きょう時計が夜12時を指した瞬間、国のかたちが変わる▲安全保障関連法の施行である。あるいは自衛隊の活動範囲が地球の裏側に広がりかねない。むろん世が終わるわけでもないが、戦後の転換点となる。土壇場まで国会周辺に集まり、異を唱える若者たちにとって、その行動はリンゴの木を植える営みなのだろう▲大上段には構えずとも仕事や家事の手を少しの間止めて、70年以上続く日本の平和の意味を振り返りたい。この法律が「ベストなもの」と首相が言おうとも、思考の枝葉を広げ続けたい▲開高は60年安保の騒動を目の当たりにした。民主主義が踏みにじられたと、怒りのコラムを雑誌に寄せている。「地方のみなさん、よく考えてたちあがってください。お願いします」。あなたにとってリンゴの木とは何だろう。

(2016年3月28日朝刊掲載)

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