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社説・コラム

『論』 電力小売り自由化 選ぶ権利と責任の自覚を

■論説委員・古川竜彦

 ジュウリョウデントウ―と聞いて、ぴんとくる人がどれだけいるだろう。家庭向け電気の契約メニューの一つである。4月に電力小売りの完全自由化が始まるのに合わせ、自宅の契約を確かめてみた。電気代の領収書には「従量電灯A」と記してあった。最低料金は安いが、使用量が増えれば単価が高くなる。中国電力の管内では、最も多くの家庭で契約されているメニューという。

 中国地方に住んでいれば、これまでは中電と契約するしかなかった。それが家庭でも電気を買う会社を自由に選べるようになる。戦後長く続いてきた大手電力10社による地域独占体制にようやく風穴が開く。

 新たに電力を売ろうとする事業者(新電力)も続々と現れ、既に250社以上が国への登録を済ませている。ガスや旅行、携帯電話など異業種からの参入も目立つ。今より安い料金プランを掲げる新電力を、中電など大手電力が値下げした新プランで受けて立つ。いずれも顧客の囲い込みに懸命だ。

 今回、開放される市場は全国で8兆円規模という。健全な競争が進めば、料金の引き下げやサービス向上が期待される。消費者の利益にもつながり、歓迎したい。

 ただ、当初は混乱も予想される。選ぶ側の消費者からは「料金メニューやプランが分かりにくい」「どのように選べばいいのか分からない」と戸惑いの声が上がる。新料金の多くが、電気を多く使う家庭ほど割安感が強まる設定になっており、「省エネや節電に逆行する」との不満も出る。

 安いに越したことはないが、電気を選ぶ理由はそれだけではないはずだ。多少高くても、原発以外の電気がほしい―というニーズもあるだろう。太陽光など再生可能エネルギーにこだわるプランが現時点ではほとんど見当たらない。結果的に価格ばかりが訴求されるセールスの現状を残念に思う。

 電力の自由化は段階的に進められてきた。まず卸売りに始まり、2000年には工場やオフィスビルなど企業向けの小売りへ拡大された。05年に中小のビルやスーパーまで広がった。ただ、供給量の4割を占める家庭向けを含めた全面自由化には大手電力が抵抗し、いったん見送られていた。

 そんな状況を一変させたのが、5年前の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故である。事故後、電力不足に陥った首都圏に対し、西日本で余った電気を融通する仕組みが不十分だった。すべての原発が停止すると、燃料費が高かった火力への依存度が高まり、料金の値上げが相次いだ。

 「1社による地域独占では、安定供給は確保できない」「競争がないから料金が安くならない」。国民の声の高まりを受け、政府は小売りの全面自由化に踏み切ることになった。そして20年には、最終段階となる大手電力の送配電部門の分社化が予定される。

 電力自由化が目指すべきなのは①大手電力の独占から新電力を育成し、供給を多様化する②原発に代表される大規模集中電源への依存から脱し、分散型エネルギーを普及させる―ことであろう。そうした社会の実現に向け、電気を選ぶ権利と責任を与えられたことをしっかり自覚したい。

 日本人が使ってきた電気の先で、原発事故は起きた。だからこそ、消費者一人一人が電気の成り立ちや仕組みを理解することが重要になる。自分が使っている電気が原子力でつくられたのか、再生可能エネルギーによるものなのか、化石燃料なのかを知ることがその一歩となるだろう。

 今のところ、中国地方で参入する主な新電力は5社にとどまりそうだ。電気を選べるといっても、選択肢がそれほど多いわけではない。100パーセント納得できるメニューがあるとも限らない。それでも選ぶ作業を積み重ねてほしい。電源構成の開示についても当初は義務づけられていないが、開示を求める消費者の声が強まれば事業者も応じるようになるはずだ。

 電力会社に料金やサービス、電源について一人一人の思いを届けることが大切だ。

(2016年3月31日朝刊掲載)

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