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連載・特集

『生きて』 マツノ書店店主 松村久さん(1933年~) <11> 菊池寛賞

「地方」に光 大きな反響

  明治維新史料など貴重な文献を200点以上刊行してきたことが評価され、マツノ書店に2007年、菊池寛賞が贈られた。74歳だった
 受賞の報告を受けたのは10月、徳山高時代の同級生と高知県を旅行していた時だった。皆で酒を飲んでいたら息子から携帯電話に連絡があった。「菊池寛賞を受けてくれないかと、東京から電話がきた」とね。間違いだと思って息子に確認してもらった。それでも間違いじゃない、よう調べた上だと言われた。次の日じゃったかな、夕刊にマツノ書店が受賞と載っちょった。「本当じゃ」とたまげてね。寝耳に水な話でした。

  年末に東京のホテルで授賞式があった
 同じ年に受賞したのは作家の阿川弘之さん、歌舞伎俳優の市川団十郎さん、落語家の桂三枝(現桂文枝)さんたち大物ぞろい。家に1着だけあった背広に袖を通して出席した。普段着ないものだから窮屈だったね。

 授賞式後のパーティーで、選考顧問を務められた解剖学者の養老孟司先生がスピーチで「松村さんはお年の割に元気で若い。いずれ私のところに献体して、解剖の対象になってほしい」と冗談をおっしゃられたものだから会場は大笑いじゃった。うれしかったね。一緒に連れて行った孫が会場をバタバタと走り回って、それを止めるのに苦労したよ。

 受賞は、うちの本を買っていただいているお得意さんのおかげ。地方の小さな古本屋兼出版社に光を当てていただいた反響も大きく、本当に幸せだった。あらためて大切なお客さんのためにも長生きして、より良い本を出していこうと思いました。

  受賞決定の4カ月前、全国の明治維新に関する記録をまとめた「復古記」(全15巻)を復刻出版した
 復刻が待たれてきた本だが、大作すぎてどこもやってこなかった。そこで版権を持つ東京大学出版会に私が働き掛けた。最終的に学術出版最大手である東大出版会が復刻し、うちが全て買い取って販売するというとんでもない条件で許可が出た。定価の3割引きの11万円で販売して250セットを完売した。売れなければ店がひっくり返る大仕事じゃった。自分ではこの復刻が受賞のきっかけなんじゃないかと思ってるよ。

(2016年4月1日朝刊掲載)

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