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社説・コラム

『潮流』 二・二六と若者

■論説副主幹・岩崎誠

 広々とした邸宅に足を踏み入れ、80年前に迷い込んだような気分になった。

 戦前に首相や蔵相を務めた高橋是清が暮らした東京・赤坂の自宅。といっても郊外の小金井市にある「江戸東京たてもの園」に移築されたものだ。2階の奥が1936年の二・二六事件で青年将校の凶弾に倒れた「現場」に当たる。

 「あそこの階段から将校が上がってきて、この寝間で撃たれました」と園のガイドさんが生々しく語る。ただ一緒に聞いた女子大学生3人連れは何のことかぴんとこない様子だ。「教科書で習ったでしょう?」と問われて困惑顔だった。

 邸内の一角では事件80年の企画展が開かれていた。クーデター決起の趣意書に新聞号外…。足を止めて見入る人は多くない。もはや「知る人ぞ知る」歴史の一こまになったのだろうか。

 貧富の差が広がり、不満が募っていた二・二六の前夜は、現代の日本と妙に似ているという見方がある。

 是清も昭和恐慌の克服に向け、アベノミクスの手本ともいわれる積極財政を推し進めた。日銀の国債引き受け開始などの緩和政策が一時は功を奏したが、「出口戦略」において軍事費の抑制を図ったため軍部の恨みを買う。それがテロの標的になった伏線とされる。

 この事件をきっかけに軍部の台頭が加速し、やがて長く無謀な戦争に至る。その過程まで風化しつつあるとすれば見過ごせない。

 高校の新しい教科「歴史総合」が2022年をめどに必修となる。世界史と日本史を融合し、おろそかにしがちだった近現代を日本中心に学ぶようだ。「日本人の誇りを取り戻す」という発想も透けて見える。

 二・二六のような負の教訓を丁寧に教えてこそ歴史教育ではないか。「カーネル・サンダース?」。白ひげで知られた是清の写真を見た大学生の無邪気なつぶやきに、あらためて思う。

(2016年4月2日朝刊掲載)

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