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社説・コラム

社説 ヘイトスピーチ法案 封じ込めへの決意示せ

 ヘイトスピーチ(憎悪表現)と呼ばれる差別的な街宣活動やデモなどの抑止に向け、自民、公明両党が対策法案をとりまとめ、今国会に提出する。

 表現の自由を脅かしかねないとして、法整備に消極的に見えた自民も公明の求めに応じ、姿勢を転じたようだ。国際社会からも問題視され、野放しともいえる状況には、早急に手を打つことが求められる。

 法案には「不当な差別的言動は許されないことを宣言する」と明記するという。だが相談体制の整備や教育の充実、啓発活動を国や自治体に課すといった内容であり理念法にとどまる。

 野党は「実効性を欠く」と手厳しい。というのも、旧民主、社民両党などはすでに1年近く前に規制法案を共同提出していた。やはり罰則規定はないものの、人種などを理由とした差別の禁止をうたっている。

 ヘイトスピーチは断じて許さないという決意を形にするために、ここは与野党で法案をすり合わせるなどして法制化を急ぐべきだ。封じ込めを実現する礎としたい。

 「朝鮮人を殺せ」「たたき出せ」などと声高に叫んだり、プラカードを掲げてデモしたり。在日コリアンを敵視し、排除を主張する団体が毎週のように東京や大阪でヘイトスピーチを繰り返して社会問題化してきた。標的とされた人たちに生命や身体、名誉などを傷つけられるという恐怖や苦痛を与えている。

 ヘイトスピーチを実施しているとされる団体のデモ・街宣活動は、昨年9月までの3年半で1152件に上ると、法務省が確認している。昨年は前年に比べて減少傾向にあるとはいえ、「沈静化したとはいえない」。

 憲法が表現の自由を保障するとしても、特定の民族を「殺せ」と叫ぶことは論外であり明らかに逸脱している。ただ表現の自由を法律で縛れば、公権力が恣意(しい)的に乱用し、言論弾圧を招く恐れが出てくる。抑止効果と表現の自由の兼ね合いが問題となってくる。

 定義についても十分に検討する必要がある。人種などを理由とする差別禁止の基本原則を定める野党案に、自民党は「規制の幅が広すぎる」と反発する。与党案では、不当な差別的言動の定義を「日本以外の出身者や子孫」に絞っている。

 欧米では、過激派組織「イスラム国」(IS)への警戒からシリア難民をはじめ中東やアフリカ出身のイスラム教徒を排撃する機運が、以前に増して強まっている。日本でも今後、現実となる恐れがある。それを想定した法案にすべきだろう。

 法規制を求める動きは各地の地方議会からも相次いでいた。その中でことし1月、在日コリアンが多く住む大阪市が独自に条例を定めた意義は大きい。

 市内でヘイトスピーチが行われるなどした場合、団体名を市長が公表するもの。公表に先立ち、審査会が実態を調査し、活動した側にも意見を述べる機会を与えるという。地域での対応の参考にもなるだろう。

 国連の人種差別撤廃委員会なども法整備を求めている。人種や民族を理由に差別をしてはならないことは、法律によらずとも明白なはずだ。だが残念ながら、この国におけるヘイトスピーチは、迅速な法規制が不可欠な現状である。

(2016年4月7日朝刊掲載)

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