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原爆など「土地の記憶」紡ぐ 松江文学学校 青来さん初回講師

 作家たちから文学的な教養や表現法を連続講座で学ぶ「松江文学学校」が、松江市で開講した。初回の講師は作家の青来(せいらい)有一さん(57)。長崎市に住み、原爆や殉教といった「土地の記憶」を詩情豊かに紡いできた。これまでの歩みと、今も抱える創作への葛藤を語った。

 長崎市生まれの被爆2世。小説を書き始めたのは同市職員となった1983年ごろだ。その後「デビューまでの10年余りが、ものすごく長かった」。文芸誌の新人賞で選外が続いた。

 95年、「ジェロニモの十字架」で文学界新人賞を受賞。高校生の頃、島原出身の祖母から黄金の十字架を拾う夢を見たと聞き、なぜカトリックでもない祖母がそんな夢を見るのか不思議に思った記憶を掘り下げた。「何かの瞬間、心に残ったことが、長い年月をかけて発酵し、小説に結び付くこともある」

 爆心地近くに住み「死者と対話するつもり」でテーマを深めていく。そんな中でも大切にしたのは、読み物としての面白さだ。芥川賞受賞作「聖水」、谷崎潤一郎賞に輝いた「爆心」も「非常に重いテーマだが、物語の筋を追う面白さは捨てなかった」と振り返る。

 作品を発表するたび、「まだ違う書き方があるのでは」と悩むという。近作の「悲しみと無のあいだ」や「私は以来市蔵と申します」は、宮沢賢治ら先人の言葉から着想を膨らませる異色の文体で、被爆した父が語らなかった体験に向き合った。

 松江市生まれで長崎で被爆し、被爆者救護に尽くした永井隆博士にも言及。永井博士は、原爆死を世界平和のための尊い犠牲と捉える「浦上燔祭(はんさい)説」を唱え、議論を巻き起こした。「土地の記憶の根本にあるこうした議論の上に乗って、小説が絞り出されてもいい」

 講座は10月まで、講師やテーマを変えながら計9回開かれる。(石井雄一)

(2016年4月9日朝刊掲載)

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