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社説・コラム

社説 ケリー氏と被爆地 歴史的に意味ある訪問

 原爆投下から71年。米国のケリー国務長官がきのう広島市の平和記念公園を訪れた。原爆資料館を見学した上で原爆慰霊碑に献花し、さらに世界遺産の原爆ドームにも自らの希望で足を延ばした。

 同じく核保有国の英国とフランスも含む外相会合の一環とはいえ、米国の現職の外交責任者として初めてのことだ。原爆を投下した国の閣僚が犠牲者を追悼した意味は重い。核廃絶への歴史的な一歩にしたい。

冷静な「計算」も

 「戦争がいかなる惨禍をもたらすのかを示す、決して忘れられない経験」。ケリー氏は原爆資料館を訪れた感想について、会見でそう述べた。外相らによる見学時間は当初予定の30分を20分も超えた。地元へのリップサービスも少しはあろうが、資料館の展示に胸打たれたのも、また確かだろう。

 ただしケリー氏の言動には冷静な計算ものぞく。原爆投下について米国では「戦争を早く終結させた」と正当化する世論が根強い。まして米民主党政権からすれば共和党を相手にした大統領選が迫っている。その中で外相会合という訪問しやすいタイミングに国務長官が被爆地の土を踏み、しかも自らの感想を会見で口にしたことは、核軍縮の必要性をアピールしたいオバマ政権の意向をくんだものとみていいだろう。しかも「謝罪」に直結するような振る舞いや発言は明らかに避けた節がある。

 それだけに被爆地の側からの受け止めはさまざまだ。

 原爆投下は人道にもとる大罪であり、過ちを率直に認めるべきだとの意見がある。被爆者の生の証言を聞くべきだったとの指摘があるのも当然だろう。ただ犠牲者を悼んだことを率直に評価する声も決して小さくないのではないか。

 同じようなことは今回の外相会合の成果、とりわけ地元選出の岸田文雄外相が最後まで調整に腐心した「広島宣言」の評価についてもいえるだろう。

 会合そのものの議論ではやはりテロや難民対策などが先に立ち、被爆地開催とはいえ核兵器一色だったわけではない。その中で核軍縮への決意を示す広島宣言が出たのは意味がある。

「非人道性」外す

 一方で、私たちからすれば、その中身に物足りない部分もあるのは確かだ。宣言において被爆の実相について「非人間的な苦難」と記述した一方、近年の核廃絶論議のキーワードとなっている「核兵器の非人道性」の表現が盛り込まれなかった。日本政府としては米国など保有国の顔を立ててあえて「非人道性」の文言を外したようだ。

 核兵器のない世界に向けた手法について「現実的な漸進的なアプローチでのみ達成できる」とした点も即時の廃絶を願う被爆地の思いからずれている。

 だからといって宣言自体を頭から否定する必要もない。とりわけ政治指導者らに被爆地訪問を促した呼び掛けについては広島・長崎と共通していよう。

 その具体化として、オバマ米大統領の広島訪問を期待する。米紙ワシントン・ポストはオバマ氏が来月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の後に広島を訪れ、核軍縮に向けた演説を行う可能性があると報じた。ノーベル平和賞を受賞したオバマ氏はかねて広島入りにも前向きな姿勢を示してきた。

「次」はオバマ氏

 残る任期は9カ月。大統領として最後の訪日となるかもしれないサミットの場を利用し、キューバ訪問などに続くレガシー(遺産)づくりの集大成を、広島で果たしたいという意図があっても不思議ではない。ケリー氏もきのうの会見で大統領の被爆地訪問について聞かれ、「いかに大切かを確実に伝えたい」と決断を後押しするかのような物言いをした。実現すれば被爆地のみならず日米の歩みにおいて重要な意味をもたらす。

 ただ一つ注文がある。仮に広島に来るとすればせめて今度こそ、被爆者や市民と対話し、その声に耳を傾けた上でメッセージを発してほしい。米国にとっても被爆地にとっても真に意義ある訪問とするために。

(2016年4月12日朝刊掲載)

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