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社説・コラム

『潮流』 グランドオープン?

■論説委員・東海右佐衛門直柄

 「グランドオープン」と聞いて、何を思い浮かべるだろう。百貨店やスーパーの開業などに使われる和製英語である。もともとの英語(grand opening)の方は大規模セールなど華々しい雰囲気で客を呼び集めたいときに使う。

 気になったのは原爆資料館が用いる「グランドオープン」である。2018年7月、全面改修を終えることをそう表現してきた。違和感を禁じ得ない。

 資料館は言うまでもなく、原爆で亡くなった人々の衣類や毛髪、黒焦げの弁当箱などの遺品を所蔵・展示する。華々しい文言がなじむだろうか。「あまりにそぐわない。被爆者の遺品が軽々しく扱われている気がする」と被爆者で元原爆資料館長の原田浩さん(76)も苦言を呈する。

 なぜこの表現となったのだろう。グランドオープンの言葉は少なくとも07年の資料館リニューアルの基本計画からあり、「東館と本館が新しく生まれ変わる意味を込めた」とする。外周り工事の遅れが分かった今春以降は使用を控えているが、撤回はしていない。この表記をした広報紙や資料は今もホームページで閲覧できる。

 広島市平和推進課は「被爆者の方々が不快に思うなら今後、使い方を見直したい」としている。

 資料館にとって国内外に強くアピールしたい気持ちが、この表現につながったのは分かる。だが本来、リニューアルは被爆資料の展示を強化して、犠牲者や遺族の苦しみをストレートに伝えるのが狙いだったはずだ。「悲しみを伝える」という視点に立てば、華々しい表現が必要ないのは明白だろう。

 1997年まで4年間、館長を務めた原田さんは「原爆のむごさを伝える行政の姿勢が表層的になりつつある」と述べる。そんな懸念を払拭(ふっしょく)するほど、骨太な改修につなげてほしい。

(2016年4月23日朝刊掲載)

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