×

社説・コラム

社説 オバマ大統領 広島へ 被爆者の声に耳傾けよ

 「核兵器なき世界」を唱えるオバマ米大統領の広島訪問がようやく実現しそうだ。主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が閉幕する5月27日を候補に、米政府が最終調整しているという。オバマ氏の勇気ある決断を望みたい。

 現職の米大統領が被爆地を訪れるのは初めてとなる。平和記念公園の原爆慰霊碑に献花することも検討しているようだ。

 あの日から、この夏で71年。長い時間がかかったことに忸怩(じくじ)たる思いはある。それでも原爆を投下した国のリーダーが核兵器のもたらした人間的悲惨と向き合う機会を持つことは、やはり大きな意義があると考える。

 この新たな一歩を、オバマ氏にこそ踏み出してもらいたい。

 2009年の驚きと高揚感を思い出す。春にはチェコ・プラハで「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的な責任がある」と演説し、10月にノーベル平和賞の受賞が決まった。11月にはこう語った。「広島と長崎を将来、訪れることができたら非常に名誉だ」と。

 その言葉は、被爆地の核兵器廃絶の願いと重なり合うところが多分にあった。しかし、それから7年―。期待が大きかった分だけ、失望感も広がっている。

 米ロの対立が激しくなり、核軍縮の機運は急速にしぼんでしまった。爆発を伴う核実験を禁じる包括的核実験禁止条約(CTBT)も米議会で批准の承認が得られないままだ。核軍縮の停滞にいら立つ非核保有国との溝も深まっている。オバマ氏の理念はかすむばかりだ。

 広島への訪問も、なかなか具体化しなかった。米国内の保守層の反発を恐れたのだろう。原爆投下を「戦争を早く終わらせるために必要だった」と正当化する歴史認識はいまだ根強い。

 そうした中で米政府高官の広島派遣を“露払い”としたかったようだ。駐日大使、国務次官に続き、今月はサミットに先立つ外相会合で広島を訪れたケリー国務長官が、平和公園に足を運んだ。日米両国内の反応を見極めたかったとみられる。

 その結果、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストといった米主要紙は大統領の広島訪問を促した。「謝罪外交」との批判が高まらなかったからなのだろう。「もう訪問を妨げる要素はない」「原爆投下の是非に踏み込む必要はない」と。

 だが、被爆者の胸中は複雑ではなかろうか。大統領に就任したばかりのオバマ氏に広島訪問を要請した被爆者団体の共同書簡には、こうつづってあった。「原爆を落とした米国への悔しさ、憎しみは今も腹の底でうごめいている」。そして続ける。「しかし、戦争、核兵器をなくすために理性で乗り越え、諦めず一緒に頑張りたい」

 被爆者がどれだけの思いで核兵器廃絶を叫んでいるのか。オバマ氏にはどうしても、生の声を聞いてもらいたい。ケリー氏は慰霊碑の前でこうべを垂れず、原爆資料館内での表情を見せぬため取材を制限した。さらに被爆者との対話もかなわなかった。やはり残念でならない。

 核兵器が何をもたらすのか。被爆地を訪問するからには、逃げることなく直視する覚悟を求めたい。被爆地で原点に返ることこそ「核兵器のない世界」に向けた動きを、再び加速させる原動力になると信じる。

(2016年4月24日朝刊掲載)

年別アーカイブ