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ベトナム戦争 どう記憶 広島で「ディン・Q・レ展」 皮肉を交え問題提起

 40年余り前に終結したベトナム戦争を、私たちはどのように記憶しているだろうか。ホーチミンを拠点に活躍するアーティスト、ディン・Q・レさんは、固定化されたイメージの陰に隠れがちな市井の人々の「声」に耳を傾け、作品化を続ける。その創作をたどる「ディン・Q・レ展 明日への記憶」が、広島市現代美術館(南区)で開催中だ。国や世代によって異なる多様な戦争観、歴史観に迫り、皮肉を交えて軽やかに問題提起している。(森田裕美)

 1968年、ベトナム南部のカンボジア国境近くで生まれたレさんは、幼い頃にベトナム戦争を体験。10歳の時、ポル・ポト派の侵攻から逃れ、家族で渡米した。米国で写真やメディアアートを学び、ベトナム戦争の記憶や、移民としてのアイデンティティーの問題などを表現してきた。本展は初期作品から日本で取材した最近作まで17点を紹介する。

■米側の視点のみ

 レさんのアーティストとしての出発点は、カリフォルニア大サンタバーバラ校での学生時代という。講義で、ベトナム戦争が米国側の視点のみで語られることに違和感を覚えた。戦争を描いたハリウッド映画にも同様の思いを抱いた。

 「ベトナム人は逃げまどう農民や人影、もの言わぬ存在にすぎず、存在すら描かれないこともある。フラストレーションを感じ、ベトナム人が声を届ける場をつくりたいと思った」。展覧会に合わせて同館を訪れ、振り返った。

 学生時代に最初に手掛けたのが、「ベトナム戦争のポスター」(89年)。皮肉たっぷりの見出しで双方の犠牲者数などを記したポスターを作り、キャンパスじゅうに張って歩いた。国際的には米軍兵士の犠牲や敗走のイメージが強い戦争だが、ベトナム人の犠牲者の方が圧倒的に多かったのだ。

 ベトナムの伝統的なござ編みに想を得た「フォト・ウィービング」シリーズも、「アイデンティティーの問題にもがいていた」という学生時代に始めた。出展作の「無題(パラマウント)」(2003年)は、ハリウッド映画や報道写真、昔のベトナムの風景など多様な画像をばらばらに裁断し、編み込んでいる。

 「私の中でのベトナム戦争のイメージは、幼い日の記憶であり、米国で学んだ記憶であり、ハリウッド映画などから得た記憶であり…。事実と虚構が入り交じっているが、すべては不可分」。見る角度や焦点の当て方によって見え方が異なるこの作品は、単一には語れない戦争の本質を物語っているようだ。

■タブーにも挑む

 ベトナム国内で、オープンに語ることがタブー視されてきた事柄にも挑んだ。「傷ついた遺伝子」(98年)は、カラフルで一見愛らしい人形や子ども服の作品群。だがよく見ると頭部が二つあり、米軍が散布した枯れ葉剤と結合双生児の関係を想起させる。同国内では展覧会での発表が許されないため、土産物屋で販売する方法で披露したという。

 ベトナム戦争の象徴だったヘリコプターをモチーフにしたインスタレーションも印象的だ。「農民とヘリコプター」(06年)。ベトナムの農村に暮らす技術者が手製したヘリと、住民へのインタビュー映像で構成されている。農薬散布などヘリの実用性に理解を示す若い世代の声と、かつての爆撃の恐怖を語り、嫌悪感をあらわにするお年寄りの証言が、ヘリの傍らで対比的に映し出される。

 どの作品も批判一辺倒ではなく、声高な持論は展開しない。丹念に取材した結果を、ユニークな見せ方で示し、見る者に思考を促す。過去の戦争をどう理解し、記憶し、教訓として継承するのか―。戦後71年目を迎えた私たちにとっても、普遍的な問いを投げ掛けてくる。

 同館と中国新聞社の主催で5月15日まで。月曜休館。

(2016年4月26日朝刊掲載)

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