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社説・コラム

社説 緊急事態条項 災害の政治利用に映る

 きょうは69回目の憲法記念日である。11月には公布から70年を迎える。夏の参院選を控え、憲法改正を巡る論議が活発になってきそうだ。

 安倍晋三首相が改憲を争点にしたい姿勢を、かつてなく鮮明にしているからだ。「在任中に成し遂げたい」と述べ、自民党総裁の2018年9月までの任期中に改正のための国会発議に踏み切る意欲を隠さない。

 衆院では与党で3分の2以上の議席を持つ。参院選では改憲勢力が発議に必要な3分の2以上の議席に届くかどうかを巡ってしのぎを削ることになる。

 首相は争点化する具体的な改憲項目については明言していないが、「緊急事態条項」を憲法に新設するかどうかが焦点だろう。大規模災害やテロ、内乱などの非常時に政府の権限を強めたり、国会議員の任期延長を可能にしたりする規定である。

 自民党が12年に作成した改憲草案に盛り込まれている。「東日本大震災における政府の対応の反省を踏まえた」というのが理由である。熊本地震の発生を受け、菅義偉官房長官も「緊急時に国家、国民が果たすべき役割を憲法にどう位置付けるかは極めて重く大切な課題だ」と意欲を見せた格好だ。

 世界を見渡せば、ほとんどの国が憲法に緊急事態条項を持っている。改憲論議のテーマとすること自体は否定しない。しかし、自民党改憲草案の中身には疑問が拭えないのは確かだ。

 改憲草案によると、首相は武力攻撃や内乱など社会秩序の混乱、大規模な自然災害などに際し、緊急事態を宣言できる。宣言されると、内閣は法律と同じ効力の政令を制定できる。国民の生命、財産を守るため、国などの指示に国民は従わなければならない、とある。

 緊急事態とは何かがあいまいなまま、首相と内閣に大きな権限を与えている点に危うさを感じる。さらに国民の権利を制限する規定を、わざわざ憲法に記す必要性があるのか。権力が乱用される懸念が拭えないとの指摘も当然であろう。

 災害対策を目的とすることにも違和感がある。迅速な対応を目指すなら、すでに災害対策基本法や災害救助法、大規模地震対策特別措置法に、首相が緊急事態を布告できる規定がある。国会閉会時の内閣の緊急政令制定や首相が地方自治体の長に指示できるなど、すでに法律レベルで「緊急事態条項」は整っているといえる。

 確かに東日本大震災では、原発事故に対応した避難行動や情報提供、救援活動などで大きな混乱があった。被災者が必要とするガソリンや食料などの物資が不当に高い値段で売られるケースもあった。しかし、阪神や東日本の震災を経験した各地の弁護士会は、ほとんどの問題は現行法で備えは十分だったと指摘し、緊急事態条項に「災害対策は改憲の理由にならない」とそろって反対している。

 憲法の不備を指摘することよりも、現行法を活用できなかった運用面の問題を見直すことが先ではなかろうか。

 相次ぐ大地震の発生に加え、世界規模でテロが続発している。「備えあれば憂いなし」と考える人も少なくなかろう。そうした国民の間の不安に乗じて「改憲ありき」で突き進むなら許されない。

(2016年5月3日朝刊掲載)

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