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社説・コラム

社説 トランプ氏指名確実 旋風の行方見極めねば

 11月の米大統領選に向け、実業家のドナルド・トランプ氏が共和党の候補指名を確実にした。移民排斥や差別的な発言を恥じない人物の手が超大国のリーダーの座に届きかけていることに、米国のみならず世界中が驚いていることだろう。

 インディアナ州の予備選を今週制し、トランプ氏は代議員獲得数で首位を揺るぎないものにした。これを受け、2位と3位につけていた上院議員と州知事が撤退を表明した。7月の党全国大会を待たずして、本選挑戦権を手に入れたことになる。

 「不動産王」の異名を取り、テレビ番組への出演などで知名度はあった。とはいえ政治手腕は未知数で、昨年6月に立候補表明した時点では泡沫(ほうまつ)候補扱いだった。いずれ失速するとの見立てをよそに、トランプ旋風は勢いを増す。

 「メキシコ国境に巨大な壁をつくる」「安全を確保できるまでイスラム教徒は入国禁止」。眉をひそめるような放言を繰り返してきた。共和党の内部でも、当然のごとく批判を浴びた。それでも、歯に衣(きぬ)着せぬ発言が一定の支持を集め続けていることは、自由や人権を重んじる国の揺らぎを表していよう。

 もうひとつの旗印が、富裕層への批判である。8年前のリーマン・ショックの後遺症から、低・中所得者層は立ち直りきれておらず、グローバル化の荒波にもまれ続けている。自由貿易の推進など、共和党の掲げる政策に飽き足らない声や不満をすくい取っているのだろう。

 「自己資金で戦う私は、ウォール街の言いなりにはならない」。支配階級をこき下ろす姿に、留飲を下げる人も少なくないようだ。だが肝心の経済政策は具体像が見えてこない。

 世間の関心は、半年後の本選に移る。民主党では、女性初の大統領を目指すヒラリー・クリントン氏への指名が濃厚だ。トランプ氏は共和党主流派との反目が解消しておらず、現状では不利が伝えられる。

 しかし、専門家の予測をことごとく覆してきたトランプ氏である。日本としても、「トランプ大統領」となった場合の影響も考えておかねばならない。

 実際、重大な発言がきのう伝わってきた。CNNテレビのインタビューで、大統領に就任すれば、米国が日本防衛のために支出している国防費の全額負担を日本に要求する考えをトランプ氏が示したというのだ。

 日米安保を「不公平」「安保ただ乗り」とかねて批判してきた。こうした声が米国内の一部にあるのだろう。ただ、戦後日本の基地負担や周辺住民の苦難を理解しているとは言えまい。被爆国日本の核武装を容認するような、先ごろの発言などは、もっての外である。

 「最優先すべきは米国」を掲げるトランプ氏は、環太平洋連携協定(TPP)に異を唱える。対するクリントン氏も反対の姿勢で、TPPの行方は予断を許さない。日本でも賛否の分かれている懸案だが、米国があらゆる面で内向き志向を強めることは、東アジアをはじめとする世界の情勢を不安定にさせる恐れもある。

 テロとの戦いや核兵器廃絶、金融市場の安定化など、米大統領の使命は重い。トランプ氏は世界に向け、そろそろ現実論を語るべき段階である。

(2016年5月5日朝刊掲載)

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