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社説・コラム

社説 日露首脳会談 信頼醸成は望ましいが

 首脳同士が膝詰めで話し合って信頼関係を醸成していく。どの国が相手でも望ましいことではある。安倍晋三首相が欧州歴訪の最後にロシア南部のソチ入りした。プーチン大統領と非公式ながら長時間の会談を行い、緊密ぶりをアピールした。

 戦争状態の終結を確認し、国交を回復した1956年の日ソ共同宣言から、10月で60年の節目を迎える。この間、最大の懸案であり続けた北方領土問題に関しても、安倍首相からすれば成果があったようだ。「停滞を打破する突破口を開く手応えを得られた」と明言した。

 確かに日本側の説明では、前に進んだ印象を受ける。両国はいまだに平和条約を結んでいない。安倍首相は領土問題を含む条約交渉を「新たな発想」のアプローチで進めようと提案し、プーチン氏も基本的に同意したという。6月に条約締結に関する外務次官級協議を開くほか、9月に安倍首相が再度、訪ロすることも約束し合った。

 ただ喜ぶのは早い。「新たな発想」の中身も含めて突っ込んだやりとりは伏せられたが、どう考えても両者の思惑には食い違いが読み取れるからだ。

 おそらく安倍首相の狙いはこうだろう。自身の総裁任期が切れる2018年までに、首脳同士の協議を重ねて領土問題の解決に向けたロシアの政治決断を促す―。そのためにウクライナ問題で欧米と反目し、孤立したロシアの状況を承知の上で懐に飛び込む戦術といえよう。今回の首脳会談にしても、米国側からの自粛の求めをあえて振り切った格好になる。

 確かにロシアは欧米の経済制裁に加え、虎の子の原油の価格下落で苦境に立つ。安倍首相が新たなカードとして提示した極東地方の産業振興やエネルギー開発など8項目の経済協力案には、今のうちに恩を売って領土問題につなげる意味があろう。さらにいえばロシアとの協力強化による中国へのけん制も意識しているのは明らかだ。

 しかしロシア側の本音は別のところにありはしないか。

 「G8」の枠組みから追放された今、米国の意に反しての日本の接近はロシア包囲網の分断という点で悪い話ではないし、むろん経済協力は渡りに船だ。だからこそ安倍首相への歓迎ぶりを演出し、リップサービスをした面も否定できまい。

 日本が独自外交のチャンネルを持つのはいい。ただ領土問題を本当に打開するにはロシアの出方を冷静に見極める必要がある。北方四島の実効支配をやめようとせず、軍事拠点化を進めようとしている現実がある。

 頼みのプーチン氏にしても、ウクライナのクリミアを強引に編入した姿勢を考えると領土問題の譲歩は簡単ではなかろう。18年には大統領選も控える。

 ロシアは先の大戦の結果と国際法に基づき、「合法的に四島を自国領とした」と認めるよう要求してきた。4月の日ロ外相会談でもスタンスは変わらず、基本的認識で大きな壁がある。むろん日本としては安易な妥協など許されない問題である。

 目先の友好ムードと首脳間のパイプに過剰な期待をかけるなら、経済協力の果実は取られて肝心な部分が何も進まない事態にも陥りかねない。日本はそのリスクも認識し、粘り強く多角的な外交戦略を取るべきだ。

(2016年5月8日朝刊掲載)

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