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社説・コラム

天風録 「不作為という病」

 手足がしびれ、ろれつが回らなくなる「奇病」が漁村で何人もの身に起こる。食中毒が疑われ、試しに魚を猫にやると、踊るように海へと飛び込むものが現れた。今なら行政はどう動くか▲原因を突き止めるまで漁も魚食もやめさせるのが筋だろう。だが60年前、保健所に届け出のあった公害、水俣病事件ではなぜか食中毒としての調査もなされていない。国などの不作為を問い、医師の津田敏秀岡山大大学院教授が提訴して半年になる▲こちらも、ほぼ同じ62年前からの不作為を裁判でただそうとしている。米国によるビキニ水爆実験で、第五福竜丸と同じく太平洋上で被曝(ひばく)した漁船員や遺族である。当時受けた放射線測定の結果をひた隠しにした日本政府は許せない、と▲どちらの事件も受難者は漁に携わる人たちだ。危険と隣り合わせの仕事は「板子(いたご)一枚下は地獄」とも例えられ、絆は強い。ビキニ被曝の提訴を報じたきのうの本紙記事にも「亡くなった仲間のため」と声が漏れていた▲ただ残念ながら、行政の不作為を認めた判例はごく限られているらしい。頬かむりして時間がたてば、この国の人間は忘れてしまう―。そんな「教訓」を役人に学ばせたくはない。

(2016年5月11日朝刊掲載)

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