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連載・特集

70年目の憲法 第5部 私のメッセージ <3> 元最高裁判事・泉徳治氏

改正論議 責任と覚悟を

 憲法は国民一人一人が個人として尊重される社会を民主主義政治で守るための仕組み。司法の役割は、この民主主義のシステムの正常な機能を妨げる障害を除き、多数決原理で無視されがちな社会的少数者の基本的人権を守ることだ。ただ司法が役割を果たしてきたか。ノーだ。だから三権の一角をなす司法の力が弱く、民主主義がゆがむ。

「違憲」 20件だけ

 違憲審査権がある最高裁は憲法の番人。2002~09年に判事を務め「司法は自覚が足りない」と厳しい。違憲だと主張し続けた「1票の格差」訴訟にその一端を見ることができる。

 投票価値の平等は民主主義の根底にあるのに、都市と地方の格差はあまりにいびつ。その状況でも多数は「選挙制度は法律が定めるもの」として国会に広範な裁量を与えて踏み込まない。影響の大きいものへの判断は消極的。国会とのあつれきを避ける役人的な仕事ぶりだ。

 最高裁の69年の歴史の中で違憲判断が20件だけという事実が物語る。個人の私益と国家全体の公益は衝突しやすい。しかし今の発想では国家や全体の利益が優先される。個人の尊重の視点がなくなり結果、「合憲」となる。全体の利益増進のためであっても個々の国民の権利や自由の制約は最小限でないといけない。これは憲法の要請であり、これを守るのが司法だ。

 最高裁判事の在任中、多数意見に異を唱えた25件の反対意見を含め、個別意見を36件書いた。

 1票の格差訴訟はもちろんだが、嫡出子と婚外子の相続を巡る訴訟も、私は差別があり「違憲」としてきた。しかし当初は少数派だった。退官後に多数となり、婚外子の相続分は嫡出子の半分とする長年の規定が、原則同等とする民法改正につながった。

 少数意見が、時間や価値観の変化を経て多数になることは少なくない。少数意見が存在してこそ議論が深まり、質が高まっていく。

1票の格差正せ

 憲法改正議論が高まる中、その前提として、まず国会は「1票の価値の平等」に取り組むべきだとする。

 議員が自分たちの利害を優先し、国民の最も大事な選挙権をないがしろにした状態で議論する資格はない。まずは格差是正を成し遂げ、その後に選挙で憲法改正の中身を国民に問う必要がある。

 国民も準備が必要になってくる。日本は今、1千兆円もの借金を抱え、少子高齢化など厳しい時代にある。これから進むべき道を国民一人一人が決めていかないといけない。憲法改正とは国の形や進路を変えることで生命にも財産にも関わる。結果を背負うのも主権者の国民だ。憲法改正議論にはそれだけ責任と覚悟を持って向き合ってほしい。それが僕らの世代の遺言です。(胡子洋)

いずみ・とくじ
 1939年、福井県生まれ。京都大卒。東京地裁判事、最高裁人事局長、東京高裁長官などを歴任し、2002年11月から09年1月まで最高裁判事を務めた。現在は東京で弁護士。東京都練馬区在住。

(2016年5月12日朝刊掲載)

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