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社説・コラム

社説 ビキニ国賠訴訟 被曝の解明につなげよ

 1954年の米国による太平洋・ビキニ環礁の水爆実験で被害を受けたのは、第五福竜丸だけではない。当時、その周辺海域にいた元漁船員や遺族らが国家賠償請求訴訟を高知地裁に起こした。

 ビキニ実験を巡る国賠訴訟は初めてだ。日本政府が被曝(ひばく)に関する調査結果を長年にわたり開示せず、米国への賠償請求の機会を時効で失ったとして、元船員1人当たり200万円の慰謝料を求めている。60年以上も被曝の事実と向き合おうとしてこなかった国に元船員らが怒りをぶつけるのは当然といえる。

 日本政府がこの問題から腰が引けてきたのは、第五福竜丸が被災した翌年に米国と政治決着をしたからだ。

 冷戦時代のさなかであり、核兵器開発をソ連と競い合う米国は、ビキニの問題を早々に解決し、核実験を続けたかった。日本も戦後復興の中で米国の顔色をうかがっていた。両者の思惑が一致し、米側の責任を問わないまま見舞金200万ドルで幕引きを図った。しかし、それでよかったとは到底思えない。

 ビキニ実験のあった周辺の海域には、第五福竜丸以外にも延べ千隻の日本船が航行していたという。政府は日本の港に戻ってきた船を対象に放射線量を検査し、大量のマグロを廃棄するなどしていた。だが政治決着に合わせ、検査まで中止した。

 それ以来、政府は第五福竜丸以外の被害には何の措置も講じてこなかった。「不作為」の責任は大きい。

 被害が表面化しなかったのは当初、船員たちも口を閉ざしていたからだろう。差別や仕事を失う恐れがあったとみられる。それでも日本政府には国民の命と健康を守る責務がある。本来ならビキニ被曝の責任を負うはずの米国と安易な政治決着をした以上、被曝した恐れのある船員らの健康状態を把握し、支えるべきなのは明らかである。

 さらに理解し難いのは、調査結果の開示に後ろ向きだったことだ。86年には国会で「調査資料が見つからない」とまで答弁した。市民団体の求めに応じ、延べ556隻の検査結果を示したのは2014年のことだ。

 法廷では、あらゆる資料を基に被曝の実態を明らかにしてもらいたい。船員らの被曝線量についても国は「健康被害が生じるレベルを下回っている」とするが、異論もある。星正治広島大名誉教授らのグループは元船員の歯を分析し、うち1人は広島の爆心地から1・6キロに相当する放射線量と指摘している。

 ビキニ被曝の調査は民間が主導してきた。国は埋もれた資料がないかさらに検証し、必要なら米国政府の協力も得て、事実に迫る責務がある。

 今回の原告のうち高知県の元船員らはことし2月、全国健康保険協会に対し、船員保険の適用も申請したばかりだ。健康被害の救済も同時に進めるためだろう。認められると医療費や遺族一時金などが支給される。被曝と病気との因果関係の立証は簡単ではないが、訴訟と並行して実態解明を目指してほしい。

 ビキニ被曝は原水爆禁止運動の契機となった。広島・長崎とともに被爆国が忘れてはならない歴史といえる。にもかかわらず原爆被爆者と異なり、元船員らは国の救済から漏れてきた。このままでは許されまい。

(2016年5月12日朝刊掲載)

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