×

連載・特集

70年目の憲法 第5部 私のメッセージ <4> 歌手・きたがわてつさん

前文 平和のラブソング

 デビューから7年後でした。1982年、中曽根康弘内閣が誕生し、新聞やテレビで改憲論をよく見聞きするようになりました。政治に高い関心があったわけではないけど「自分なりに考えてみよう」と前文を読んでみたんです。

 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して…」と「愛」の言葉があったのには驚きました。世界の平和を願うラブソングのようで。崇高で遠い存在だった憲法に、ぐっと親近感が湧いたんです。

 同じ頃、国際政治学者の畑田重夫さんと出会いました。悲惨な戦争を経験し、平和運動に取り組んだ人です。「日本の憲法は世界に誇る宝物。自分の生きる道しるべ」。そう聞いて、そんな捉え方があるのかと衝撃を受けた。憲法の理念を広く知ってもらいたいと、前文に曲を付けました。

 83年に「日本国憲法前文」を発表し、話題を呼んだ。「日本国民は、恒久の平和を念願し…」。ギターの音に合わせ、伸びやかに歌う。小中高校に何度も招かれた。

 新聞やテレビで紹介され、全国から出演依頼が届いた。歌だと覚えやすいと評判でした。でも学校で日の丸掲揚や君が代斉唱を巡る議論が起き、思想の自由をうたう憲法との兼ね合いが問題になった。99年に国旗国歌法が成立すると、憲法の歌は「政治的なメッセージ性が強い」と捉えられて依頼が激減しました。「平和や自由は大切」という純粋な気持ちで歌ってたんですけどね。

 一方で、この曲を通して永六輔さんやジェームス三木さんなど多くの文化人や被爆者、海外の平和活動家と出会いました。戦争体験を聞く機会が増え、戦争放棄を宣言する9条に意義を感じました。命の大切さを届けるため、憲法ソングの第2弾で9条の条文を歌詞にした曲も作りました。

 東日本大震災でも憲法を考えさせられる。国民一人一人が平等に扱われない不条理さを痛感し、25条の「生存権」を意識するきっかけになった。

 多くの知人が津波や地震、原発事故の被害に今なお苦しんでいる。それなのに原発から自宅までの距離で補償に差が出たり、自治体によって支援の内容が違っていたり。その時、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とし、国の使命も規定した条文の重みが胸に響きました。曲を付け、2014年の憲法記念日に発表しました。

 歌手になって40年余り、政治的にニュートラルな立場で歌ってきました。でも集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法を成立させた安倍政権が、改憲を目指していることには危機感を持っています。平和や自由の形が変わってしまうのではないかと。今こそ、多くの人に憲法を知ってほしい。役に立つために歌い続けます。(久保友美恵)

きたがわ・てつ
 1953年、岩手県北上市生まれ。岩手大卒業後、歌手を目指して上京し、75年にデビュー。個人事務所を立ち上げ、国内外のコンサートやイベントで歌う。東日本大震災の被災地も巡る。2014年発表のアルバム「自由よ!」には代表曲「日本国憲法前文」のピアノバージョンも収録した。東京都武蔵野市在住。

(2016年5月13日朝刊掲載)

年別アーカイブ