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社説・コラム

天風録 「歌うカタリナ」

 シンガー・ソングライターの小室等さんは、好きな詩に節をつけ、よく歌う。<雨が空から降ればオモイデは地面にしみこむ>。NHK「みんなのうた」でも流れたヒット曲は劇作家、別役実さんの詩である▲先週、三原市のコンサートでは、ベトナム戦争の時の反戦歌「死んだ男の残したものは」に加えて新曲を歌った。呉市生まれの詩人、黒田三郎の「道」。<右に行くのも左に行くのも今は僕の自由である>。戦後の気分が伝わる一節が繰り返される▲ミュージシャンは、炭坑のカナリアに例えられる。見えない有毒ガスにいち早く感づく「感知器」。時代の空気でも、そんな役割が求められるのだろう。ずしりとくる曲選びから、小室さんの胸の内がそれとなく読み取れた▲戦後70年の昨年を境にそこここで、立憲主義や民主主義を問い直す議論が繰り返されている。大半の18歳にとって投票デビューとなる参院選も足音が聞こえだした。さまざまな意見はさて、どう収束していくのだろう▲コンサートを締めくくる一曲は「出発(たびだち)の歌」だった。<自由な日々が失われた時に残されたものは出発の歌>。右か左かにとどまらず、私たちの行く手は、まだ自由である。

(2016年5月17日朝刊掲載)

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