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社説・コラム

天風録 「駅前世界遺産」

 東京の上野駅を出て、パンダが待つ動物園に向かう。すぐ右手に目に入る横長の建物、国立西洋美術館が7月に人類の宝になりそうだ。フランスの名建築家ル・コルビュジエの作ゆえに▲いわば「駅前世界遺産」の誕生となろうか。何度か入ったことがある。支える柱が特徴のピロティ、らせん状の回廊。確かに素人目にも意匠の奥深さは感じる。ただ巨匠の名を聞いて正直ぴんとこない人もいるのでは▲その生涯と作品は戦争と復興を抜きには語れない。第1次大戦後には安い住宅を大量に造る工法を提案した。先の大戦後は、屋上庭園も備える巨大な集合住宅を世に問う。日本の孫弟子が、被爆地広島で手掛けた基町高層アパートにも理念は息づく▲その日本に唯一足跡を残す西洋美術館は、あるいは戦争の記憶を文化の営みに昇華させたのかもしれない。フランスが敵国資産として押収した日本人実業家のコレクションを返す「戦後処理」の一環で設計したからだ▲場所もまた奥深い。明治維新を前に、上野の戦いの舞台になった寺の跡。徳川一族の墓も出土したらしい。パンダに続く「街の宝」と地元は早くも盛り上がるが、建物のにわか自慢だけではもったいない。

(2016年5月19日朝刊掲載)

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