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連載・特集

ヒロシマの視座 米大統領を迎える前に <下> オバマ政権の核軍縮

「プラハ」期待しぼむ 専門家 削減進まず辛口評価

 米大統領就任後の2009年、プラハ演説で「核兵器なき世界」を提唱したオバマ氏。しかし、オバマ政権下で米国の核軍縮は進んでいない。任期最終盤に入った今、核政策を注視してきた専門家たちは辛口の評価で一致する。

 世界の核兵器は1980年代、米ソだけで計約7万発を数えた。その後、89年の冷戦終結を経て、核兵器の役割を段階的に低減させるというのが米政権の核政策の流れだった。ブッシュ前政権も新型核兵器開発など「使える核」を追求した一方、保有核の削減は進めた。

 オバマ政権は10年4月に発表した「核体制の見直し(NPR)」で、核拡散防止条約(NPT)を守る非核兵器保有国に対しては、核兵器の使用や威嚇はしないと明記。「核兵器の役割を減らした成果と言えるが、ほかに明確な前進は少なかった」。長崎大核兵器廃絶研究センターの梅林宏道・前センター長は指摘する。

 27日に広島を訪れるオバマ氏へ、日本被団協は18日に送った要望書で訴える。「核兵器のない世界を実現するため、禁止・廃絶の先頭に立つことを強く要請する」

 被爆者の期待を膨らませ、そしてしぼませたこの7年。オバマ氏は被爆地広島から停滞する核軍縮の動きを揺り動かし、「核兵器なき世界」への確かな一歩を刻めるか。生きているうちに核兵器がなくなるのを願ってやまない被爆者の平均年齢は、80歳を超えている。(田中美千子)

核体制の見直し(NPR)
 米国の5~10年の核戦略指針を定めた議会向け報告書。国防省が中心になって策定する。オバマ政権は2010年4月に公表し、米国が核兵器使用を考慮するのは米国や同盟国の「死活的な利益を守るための極限の状況」に限られると明記。核兵器の役割を限定した一方、核抑止力を堅持する方針を掲げた。

米露関係悪化で停滞 核関連予算が膨張 強い米国 志向なお

 日米両政府がオバマ大統領の広島訪問を発表した10日。オバマ氏のスピーチライターで2009年のプラハ演説を書いた側近、ローズ大統領副補佐官が声明を出した。「大統領の広島訪問は、核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の、大統領個人の決意を再確認する機会になる」。核を巡る包括的な構想を掲げたプラハ演説を想起させた。

 その演説で「具体的な措置」として掲げた項目が、ロシアとの新たな戦略兵器削減条約(新START)の交渉入り。数千キロ先の標的を狙うため配備する米の戦略核弾頭は、オバマ氏就任の09年1月に2202発(ストックホルム国際平和研究所の推計)あった。

 11年2月発効の新STARTは、7年以内に史上最低水準の1550発まで減らすと課す。ただ日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター(東京)の戸崎洋史主任研究員は「米ロともに合意しやすい数だった」と指摘する。「ロシアは核弾頭を運ぶミサイルなどの耐用年数が短く、更新に費用がかさむ。弾頭数もいずれ1500程度に減るとみられていた」

10年間で38兆円

 オバマ氏の軍縮外交の真価が問われたのはその後だ。削減後の弾頭数は「千~1100」「700~800」「300~400」の3案とみられていた。しかし13年6月、ドイツ・ベルリンでの演説でオバマ氏は、米国が千発水準に減らす用意があると発表。最低限にとどまり、その削減すらロシアとの関係悪化で進んでいない。

 国内に向けては、新STARTをまとめるための「代償」を払った。野党共和党に「信頼できる核戦力」の堅持を求められ、多額の核関連予算を計上。15~24年の10年間に3480億ドル(38兆円強)との試算もあり、米国内からも「財政が持たない」と批判が出ている。

 膨大な予算は、耐用年数を迎える核搭載可能な潜水艦や爆撃機の更新、ミサイル開発など核戦力の近代化に使われている。新たに造らない方針の核弾頭も、最先端の実験装置で性能を確かめ、温存するための実験を重ねている。

 「核政策に関する決定はブッシュ政権とさほど変わらない」と米政府関係者は言う。「イラク戦争の膨大な戦費捻出を優先し核兵器産業に回す金を抑制した分、オバマ政権で取り戻すかのように膨らんだ」

 「結局、オバマ氏だけでは『強い米国』を志向する社会を変えられなかった」。長崎大核兵器廃絶研究センターの梅林宏道・前センター長は、核軍縮停滞の背景に米国社会の根源にある意識を挙げる。ただ、それを動かす力が今回の被爆地訪問にあるとも言う。「原爆が普通の人々にどんな被害をもたらしたか米国民の心に響くよう発信できれば、変化につなげられる可能性はある」

新地平開けるか

 オバマ氏を迎える被爆国日本。核兵器廃絶を訴えつつ核を持つロシアや中国、北朝鮮に囲まれる国際環境を理由に米国へ「核の傘」をかざすよう求める。オバマ氏が平和記念公園(中区)に立つ27日、安倍晋三首相も同行する。原爆を投下した国と、投下された国の政治指導者がそろって原爆慰霊碑に向き合う。「核兵器なき世界」へ新たな地平を切り開けるのか。ヒロシマが見つめる。(田中美千子)

(2016年5月24日朝刊掲載)

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