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米国とブラジルに住む在外被爆者163人が国を提訴

■記者 野田華奈子

 日本国内に居住していないことを理由に、健康管理手当の支給を打ち切られるなど被爆者援護法から切り捨てられ精神的苦痛を受けたとして、米国とブラジルに住む被爆者計163人が国に1人当たり120万円の慰謝料などを求めて6日、広島地裁に提訴した。

 在外被爆者による集団訴訟の第1弾。約2600人とされる海外最多の在韓被爆者も広島、長崎、大阪の3地裁に提訴する方針で準備を進めている。

 弁護団によると、原告は広島、長崎市内で被爆。遺族2人を含む83人が米国、80人がブラジル在住。被爆確認証を持つ2人を除き全員が被爆者健康手帳を持つ。

 訴えによると、原告は、日本から出国すれば健康管理手当などの受給権を失うと定めた1974年の厚生省局長通達(402号通達)の存在により、被爆者健康手帳交付申請や健康管理手当などの支給認定申請を断念せざるを得なかった。「被爆者援護法の援護のらち外に置かれ続け、多大な精神的苦痛を被った」としている。

 提訴後の会見で、二国則昭弁護団長は「国が率先して謝罪と慰謝料の支払いをするのが筋だが被爆者の高齢化もあり、やむを得ず踏み切った」と説明。「在ブラジル・在アメリカ被爆者裁判を支援する会」代表世話人の田村和之龍谷大法科大学院教授も「被爆者に負担を強いる意味では腹立たしいが、医療援護の実現に結びつけたい」と話した。

解説 速やかに賠償手続きを

■編集委員 西本雅実

 在外被爆者が今回、国に損害賠償を求めて提訴したのは、1974年に出た旧厚生省の「402号通達」により健康管理手当の受給を阻まれるなど、被爆者援護から長年切り捨てられたからだ。通達の違法性については最高裁の判決が確定している。国はいたずらに争わず、約4200人はいるとみられる在外被爆者を視野に収め、賠償手続きに速やかに入るべきだ。

 最高裁は昨年11月、旧三菱重工業(広島市)に徴用され被爆した韓国人元徴用工らの請求訴訟で、原告1人当たり120万円の賠償を国に命じた。「違法な通達のせいで、被爆の健康被害に苦しみ、長期間にわたり生活苦を余儀なくされた」と判断した。

 ところが厚生労働省は8月、在外の被爆者団体が求めた原告以外の被爆者への支払いに対し、「裁判を起こせば和解後に払う」と提訴を条件にした。老いが進み、渡日も容易でない被爆者らに裁判を求めるのは、支援者がいうように「さらなる負担を課す」ことでしかない。

 「被爆者はどこにいても被爆者」。出国後の手当受給を求めた「郭貴勲訴訟」(原告勝訴が2002年に確定)を受け、国は翌03年に通達を廃止。渡日しなくても手帳の申請を認める改正被爆者援護法が、この12月には施行される。だが国内の被爆者と同じ援護水準になるとはいえない。日本なら全額負担される医療費一つみても、在外は年額14万5000円の上限枠が設けられている。

 賠償請求の提訴には、海外最多の約2600人(9月末)を数える韓国の被爆者が準備を進めている。今回のブラジルや米国の原告は、現地の被爆者団体を通じて情報を得た人たちからなる。厚労省は、自らが求めた提訴を海外の被爆者にあまねく伝えるべきでもある。国交のない、約380人の被爆者がいる北朝鮮にもだ。そうでないと、援護が今なお十分でない在外被爆者の間に新たな「格差」を生みかねない。

(2008年10月7日朝刊掲載)

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