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社説・コラム

天風録 「空から死が落ちてきて」

 いまか、いまかと待っていた。平和記念公園近くの歩道の人だかり。被爆地広島を初めて訪れる米国の現職大統領を、ひと目見たいと。歴史的な瞬間に立ち会いたいと▲オバマ氏を乗せた車は歓声の中を走り抜けた。待つ人々は公園内には入れない。「本当は献花の場面を見たかったんじゃが」。残念そうな声も聞かれた。市民にはどこか遠い、実質1時間足らずの駆け足の滞在だった▲せめて肉声が聞こえていたら、どうだったろう。「71年前、雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて、世界は変わった」。確かに一発の原爆があの惨事を生んだ。<パツト剝ギトツテシマツタ アトノセカイ>。原民喜の詩を思う▲大統領のまなざしに一筋の光明がありはしないか。献花した後はじっと目を閉じていた。被爆者の手を優しく握って、肩をそっと抱き寄せた。見学した資料館で子どもたちに手渡したのは、自ら折った鶴だったという▲きのうは慰霊碑の前で手を合わせた遺族も少なくなかった。あの日の悲しみを、思わずにいられない日でもあったから。民喜が片仮名でしか言い表せなかったアトノセカイを再現させてはならない。大統領もそう祈ったと信じたい。

(2016年5月28日朝刊掲載)

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