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社説・コラム

社説 オバマ大統領と広島 核兵器廃絶の出発点に

 ついに、この日が訪れた。原爆を落とした米国の現職大統領が被爆地広島に立った。平和記念公園に滞在したのは1時間足らずとはいえ、私たちにとってそれ自体が大きな意味を持つ。

 71年近い歳月を経て、オバマ大統領と対面した被爆者たちからも万感の思いが見て取れた。戦後の苦難への深い敬意ゆえだろう。大統領もその手をずっと握り締めていた。広島の人たちの胸に響く光景だったはずだ。

配慮にじむ演説

 原爆慰霊碑前で世界に向けて発信した17分にわたる演説も端々にヒロシマとナガサキの経験を自分なりにかみ砕き、受け止めた努力の跡がうかがえる。

 「71年前、雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて、世界は変わった」「8月6日の朝の記憶を風化させてはならない」などと原爆の惨禍に繰り返し言及した。事前の予想通りに「謝罪」の言葉はなかったものの、一般的な戦争犠牲者とははっきり区別して「原爆死没者を追悼するために来た」とも口にした。さらにいえば朝鮮半島出身者や米国人の犠牲にも触れた配慮も注目に値しよう。

 原爆投下が第2次世界大戦で多くの米兵の命を救ったと正当化する米国内の根強い受け止めを考えれば、精いっぱいの表現だったのかもしれない。

 今回の演説は一字一句が世界中に報じられたはずだ。核保有国の首脳が被爆地を踏むことの影響力が想像以上に大きいことが確認できたのではないか。

 とはいえ、もどかしい思いも抱かざるを得ない。演説全体が核兵器というより、戦争そのものを見つめたものだからだ。

具体策見えない

 格調高く、オバマ氏の理想を表現したのは間違いない。被爆地に寄り添う部分に加え、文明論的な視点から戦争を否定し、紛争の平和的解決を求めた部分は十分にうなずける。

 ただその分、被爆地が望んでいた核兵器廃絶という肝心の部分が薄らいだ感は否めない。原爆被害を直視する表現は私たちが予想した以上に繰り返されたが、国際社会で焦点になっている核兵器の非人道性については直接触れなかった。

 さらに2009年のプラハ演説から一歩でも前に踏み込む廃絶への道筋も聞けずじまいだった。オバマ氏は「核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない」と口にしたものの、これでは迫力に欠けたと言わざるを得ない。プラハで注目された核兵器廃絶に対する「道義的責任」という文言も今回は影を潜めてしまった。

 「核兵器なき世界」を唱えながら、オバマ政権が老朽化した核兵器を更新する計画を持つなど、矛盾する行動を続けている。あえて核兵器を演説の軸に据えることを避けたという見方もできなくはない。

 しかし、私たちは前向きに受け止めたい。演説の締めくくりの言葉が印象的だった。「広島と長崎は、核戦争の夜明けとしてではなく、道義的な目覚めの始まりとして知られるだろう」と。そうした未来を世界全体で選び取ろうという核超大国の首脳の決意とすれば評価できる。

 その思いは「サプライズ」となったオバマ氏の手土産にも表れていよう。原爆資料館に立ち寄ったのはわずか10分だったのは残念だが、手製の折り鶴を用意していた。12歳で亡くなった佐々木禎子さんの折り鶴も見たという。謝罪はないとしても被爆者に対する誠実さの表れとして受け止めたい。

問題はこれから

 大切なのはこれからである。オバマ氏は残り任期が限られているとはいえ、まだ半年以上ある。「今日はあくまでスタートだ」と安倍晋三首相に述べたという。ならば今回は触れなかった核軍縮促進の具体的な道筋をはっきり示し、次の大統領につないでもらいたい。

 それは、ひとりオバマ氏の責務ではあるまい。むしろ世界の多数派である、私たち一人一人の「道義的責任」こそが問われている。今後もより一層、世界の首脳や国会議員たちに広島や長崎への来訪を呼び掛けていきたい。

(2016年5月28日朝刊掲載)

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