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社説・コラム

天風録 「言葉を食べる」

 言葉を食べると太る。前言を翻す「食言(しょくげん)」への戒めが、紀元前の中国・春秋時代の書物にある。やり玉に挙がったのは魯の大臣だった孟武伯。後に「論語」で親孝行ぶりを描かれた人物には貴族育ちの尊大な一面もあった▲身勝手な理由で約束を破り、うそをつくこと。その食言は主君の耳にも届いていた。ある宴席で、なぜそんなに太っているのかと同僚をあざ笑った時に主君がチクリ。「自分の言ったことを、食べて太る者もいる」と▲安倍晋三首相は腹のうちに押し込めるつもりだろうか。1年半前にはきっぱり否定していた消費増税の再延期である。きのうは与党調整が大詰め。近々、国民に正式に説明するというが、どこまで納得してもらえるか▲6年前の国会終盤を思い出した。米軍普天間飛行場移設を巡り、「最低でも県外」と約束した鳩山由紀夫首相が交渉に行き詰まる。「食言としか言いようがない」。総辞職や解散を求めたのは野党時代の自民党だった▲孟武伯が慕った同郷の孔子は<巧言令色、鮮(すくな)し仁>という格言を論語に残す。言葉巧みに愛想を振りまく者は大事な仁の心が欠けていると。選挙を前に、政治家にとって命のはずの言葉の重さを思う。

(2016年5月31日朝刊掲載)

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