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連載・特集

緑地帯 運動の水脈をたずねて 丸浜江里子 <1>

 新緑の美しさに歌いだしたくなるような初夏に、「火の国」熊本を大地震が襲った。震度1以上の余震も、既に1400回を超えたという。

 九州では昨年5月の口永良部島(くちのえらぶじま)(鹿児島県)の噴火に続き、9月には阿蘇山が噴火。たけだけしい噴煙は今も目に焼き付いている。それからわずか半年ほど後に起きた熊本地震は、大地を裂き、家屋を破り、人命を奪った。

 今、日本で稼働している商業用原発は九州電力の川内(せんだい)原発1、2号機(同)。配管が林のように複雑に入り組む原発が、ほかならぬ九州で稼働していることに鈍感であっていいはずはない。福島第1原発事故で東日本の住民が味わった苦しみを、西日本にも広げるようなことがあってはならない。

 私は、居住する東京・杉並で1950年代に広がった原水爆禁止署名運動の歴史をたどり、「原水禁署名運動の誕生」(2011年)と、「ほうしゃの雨はもういらない」(16年)を刊行した。ともに大地震の年と重なったのは偶然だが、どこか因縁めいたものも感じている。

 広島、長崎、ビキニ事件、そして原水禁運動があったのに、なぜ日本に原発が54基も造られ、福島の事態を招いたのか。地震列島と原発を巡る福島の教訓を、私たちはまたも生かせずに、愚行を繰り返してしまうのか。

 私が原水禁運動の研究を始めたきっかけや、続けてきた思いを振り返り、あらためて考えてみたい。(まるはま・えりこ 都留文科大非常勤講師=東京都)

(2016年5月31日朝刊掲載)

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