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社説・コラム

社説 三菱マテリアル和解 「戦後補償」に重い意味

 第2次大戦中の中国人強制連行と強制労働を巡って、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)と被害者団体がおととい和解した。政府は日中共同声明を根拠に、個人の賠償請求を認めていない。労働者を多数使っていた企業が過去の責任を自覚し、和解金などを支払う自主解決の道を選んだことは、日本の戦後補償にとって重い意味を持つだろう。

 中国人強制連行は、戦時下に労働力不足を補うための国策だった。交戦国の民衆を「労工狩り」と称する強引な手法で集めた。そして過酷な労働を強いた行為は、国際人道法などに照らして弁解の余地があるまい。

 加えて1972年の日中国交回復までは、元労働者や遺族の声はほとんど届くことがなく、事実が広く知られていなかったことも悔やまれてならない。

 外務省の報告書によると全国で約3万9千人が働かされ、6830人が死亡した。三菱マテリアルでは3765人が各地の鉱山に送られ、生存者十数人、遺族約千人が確認されている。

 今回の和解は、基金設立や謝罪などを条件にした2009年の西松建設と元労働者らの和解から導かれたと言っていい。

 広島県内では安芸太田町の安野水力発電所建設現場へ、西松建設が360人の労働者を連行した。広島で原爆の犠牲になった人を含めて29人が死亡、帰国後も被爆者として苦難の人生を送った人がいたことが市民グループの調査で判明している。

 90年代に入って、いくつかの企業の元労働者らが日本の政府や企業を相手に賠償を求めて相次ぎ提訴した。しかし、西松建設を相手取った裁判では、最高裁が「日中共同声明で個人賠償請求権は放棄された」という判断を示し、日本の司法を通じた賠償請求の道は閉ざされた。

 ただし、最高裁が「被害救済に向けた関係者の努力が期待される」との意見を付記したことが、その後の自主的な和解につながった。強制労働が事実として認定されたことも大きい。

 三菱マテリアルとの和解は、労働者全員についての「終局的・包括的解決」が目的という。謝罪文は、労働者の人権が侵害された歴史的事実を誠実に認める、被害者と遺族に痛切な反省と深甚なる謝罪、物故者に哀悼の意を表する―としている。

 また、被害者1人当たり約170万円の和解金を今後設ける基金を通じて支払うほか、記念碑建立費に1億円、行方不明の被害者らの調査費に2億円を支払う―と約束した。「使用者としての歴史的責任」を自覚し、過去の過ちを繰り返さないで事実を次世代に伝えていく決意を示した点も意義を認めたい。

 ただ日中関係がすぐ好転する保証はない。問題は解決済みとしてきた日本企業が訴訟攻勢にさらされるリスクもあろう。

 一方、韓国人元徴用工の訴えには、日本政府や企業は強制労働ではなく、個人請求権は日韓条約に基づく協定で解決済みだとしている。中国人強制連行との扱いの違いが韓国内で不満となって噴き出す恐れもある。

 企業による自主解決は、戦後補償問題を解決するモデルになり得る。ただ国の責任を問わないままでいいのか、という議論も当然あるだろう。

 戦後71年、いまだ未解決の問題が山積している。その認識を少なくとも大前提としたい。

(2016年6月3日朝刊掲載)

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